闇夜に笑まひの風花を
杏は痛む胸を唇を噛んで我慢した。
親友だと豪語しながらも泣かせただなんて、情けない……。
貴族としての癖か、弱音や涙を滅多に漏らさない彼女なだけに、あの涙はショックだった。
「杏……」
気遣うように遥が杏に近寄り、声を掛ける。
「……はる……」
杏は今にも泣きそうになりながら、彼を見返した。
声まで震えている。
このまま、彼に抱き着いて泣いてしまいたかった。
心が、親友の涙に傷ついて泣き叫んでいる。
悲しい。
辛い。
苦しい。
唇が激情に流されて震え出した。
それを掌で押さえる。
俯いて、グッと力一杯目を瞑った。
涙が滴ったが、新たに滲もうとする涙は抑え込んだ。
ハルに、泣きつくわけにはいかないのだから。
思い出せ。
私が、彼らに犯した償いきれない罪を。
思い出した以上、もう彼に甘えるわけにはいかない。
杏は、見兼ねて肩を抱こうと伸ばされた手からすり抜けて逃れ、涙を拭いて裕の足元に跪いた。
「__すみません殿下。わざわざご足労いただいたのに」
遥は行き場のない手を握り込み、苦笑して二人を見守る。
神妙な態度の杏に、裕は溜息を吐いた。
「甘いな。
あそこで予想でも適当なことを言って、ハッタリをかませば良かったんだ」
そうしたら観念して自白しただろうに。
ため息混じりの台詞に、杏は更に頭を下げた。
思わず苦笑する。
「はい。ですが、詰問がしたいわけではありませんから」
『那乃』の口から真実が聞き出したかっただけなのだ。
そして、どうして裕と遥が彼女をナノとして受け入れているのかは分からないが、彼らにも彼女の気持ちを知ってほしいと思っただけだ。
裕は肘掛に肘を着き、その上に顎を乗せた。
「簡単には口を割らないことは目に見えていた。
一宮の娘のことはとうに気づいていたが、私が手出しできる問題じゃない」
「はい。分かっています。
私も、記憶があればすぐに気づけたでしょう。
事情もなんとなく予想はつきます」
あの少女はナノではない。
ナノによく似た別人だ。
ナノは死んでしまってもういないのに、『一宮那乃』はこの世から姿を消さない。
つまり……。
「いかにも貴族らしいやり方だな」
遥と同じ台詞を、杏は心の中で吐き捨てた。