闇夜に笑まひの風花を
記憶を取り戻した。
彼らの母のことを。

裕にしてみれば、それだけで充分だった。
皮肉な笑みを唇に刻む。

「それにしても。私は昨夜衛兵を下がらせてずっと待っていたのだが?」

「なっ__」

しれっと言ってのけた裕に、遥は絶句した。
驚きと憤りが混ざり合って言葉が告げない。

一方、杏はひどく冷静だった。

「そのことですが、殿下」

口調と見上げる瞳で裕は彼女の次の言葉を知った。
自嘲する。

「断る、か。つまらぬな」

本気で残念がっている様子の裕に、遥は憤った。

「兄上っ!お言葉ですが、暇潰しに杏を利用しないでください!
彼女はもう、兄上の婚約者ではないんですから」

「お前の婚約者でもないけどな」

裕は悠然とした態度を崩さず、遥の台詞を鼻で笑った。
それは、今朝 翡苑に言われたことと同じだったからだ。

更に言葉を連ねようとする遥を制し、杏は裕に呼び掛けた。

「殿下、お戯れはそのくらいで」

「うむ。
翡苑に聞いた。北の塔で良いか」

杏が責を果たすための場所だ。
できるだけ、人の来ないところがいい。
その点、北の塔は最適だった。

「はい」

杏は微笑む。
望む条件が満たされたのだから。

けれど、裕は面白くなかった。

「結局、私はお前を許せばいいのか、それとも憎み続けなければいけないのか」

そう苦しげに呟いて、彼は頭を抱える。
杏は寂しく笑った。
それは自嘲に見えた。

「私は、決して許しを請うことはできません」

赦してもらえることではないと思
知っている。
憎まれて当然だと思う。
だから杏は、つまるところ、どう思われようと受け止める覚悟を決めた。
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