闇夜に笑まひの風花を

那乃は目を見開く。
信じられない言葉を聞いた気がして、杏を凝視する。

ひやりと、背中に氷を入れられたような気になった。

王の怒りが、裕の焦りが、遥の不安が、男たちの恐れが、彼女を素通りしていく。

杏は哀しい瞳を伏せ、諦めたような微笑を浮かべていた。

「貴様っ!ヌケヌケと!!」

王の怒声が響き渡る。

「引っ捕らえよ!翡苑が殺せぬのなら、首を跳ねるまでだっ!誰か、剣を持て!!」

「父上っ、お待ちを!!」

遥と裕がそれぞれ声を上げる。
余裕の欠片もない、ひどく切羽詰まった声。

「父上、彼女は今年の舞姫です。今すぐ殺すのは……」

「ええい。庇うか、忌々しい。愚息共よ。
舞姫の称号など撤回してくれる!この者が踊れるわけがない!! 魅了の術でも使ったに違いないっ!」

杏はやっと理解した。
初めて『坂井杏』として裕に会ったとき、彼が生きているだけで大罪を犯すと言った意味を。

アミルダの血が罪なのではない。

彼女が、悠国の王族を殺したという罪を持っているからだ。

裕は彼女を憎みながらも愛していた。

彼は、彼女に生き方を強制し、鎖に繋ぎ__彼女の生きる居場所をくれた。

意義をくれた。

王が知れば、間違いなく殺されるから。

だから、庇う理由を作ったのだ。

「遥はともかく、お前まで毒されたか、裕っ!
何故城に戻る気になったのかは知らぬが、興味もない!
殺せっ!今すぐ、私の前で殺せっ!!」

王は怒鳴る。
遥を、裕を__自分の子供たちを詰る。

杏に加担したと、詰り潰す。

__咎を受ける覚悟はできていた。
どんな責めも甘受する。

けれど、他者に危害が及ぶまで、黙っているわけにはいかなかった。

誓ったから。

巻き込まない、と。

自らの誇りに従って生きる、と。
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