闇夜に笑まひの風花を
「陛下。
お言葉ですが、私を殺せばこの国は滅亡します」
震える声を抑えて、杏は進言する。
王は段上から彼女を睨みつけた。
「戯言で騙そうとしても無駄だっ!」
王には、杏が死刑から逃れるための台詞だと思ったらしい。
一切、聞く耳を持たない様子。
杏は意を決して、ローブを脱ぎ捨てた。
そして、パラリと胸元までをはだける。
アレキサンドライトのペンダントの下。
現れたのは、痛々しいまでの真紅。
散った花弁のような痣。
那乃は思わず口元を押さえて悲鳴を堪え、王は眉間に皺を刻んだ。
「これは、契約の印です」
彼女の命を食い潰しきるまでは、彼女以外の者には一切手を出さない、という契約。
「私の中には、あなたの妃を殺した魔物が棲み着いているのです」
魔は彼女の自我を消し去り、一度それを破ろうとしたが、このペンダントのおかげでなんとか保っていられる。
「それがそうだと言う証拠はない!」
王は吼える。
証拠がないから信じない、と。
「奴を表に出すことは可能です。しかし、そうしたが最後、躊躇なくあなたを殺し、民たちを惨殺するでしょう。
このペンダントを外すだけで、『私』は死にます。
あなたがそれを良しとするならば、私はすぐに実行しましょう」
遥が、那乃が、裕が、翡苑が、王までも、さらりと述べられた彼女の台詞に息を呑む。
要するに、国民と、杏への恨みと、どちらを優先するのか、と王に尋ねたのだ。
そして、その上で死ねと言われれば、死んでみせる、と。
躊躇なく、彼女は言い放ったのだ。
言うなれば、究極の選択。
王は、すぐに答えを出せなかった。
その隙に、杏は言葉を続けた。
「けれど、少しでも躊躇うならば、私に猶予をください」
真摯に王を見つめる、淡紅色の瞳。
それはあまりにも切なかった。
「猶予……だと?」
王は眉間に皺を刻む。
はい、と彼女は答えた。
「この魔を、消します」