闇夜に笑まひの風花を



コンコン。

紙に何かを書き綴る音だけが満たす部屋に、ノックの音が二度響く。
部屋の外から声が掛かるが、返事はない。
しかし、止まらない紙とペンの立てる音が、中が無人ではないことを知らせていた。

訪ね人はドアを開けて部屋に入った。

杏はそれに気づかない。
真摯な瞳で机上の紙を睨むように見つめている。

その横、机から落ちそうなところまで避けられて、昨夜の食事が手をつけられないまま放置されていた。
訪ね人は溜息を吐く。
彼の手には、ホカホカと湯気の立つ昼食が乗っていた。

声を掛けても彼女は気がつかない。

彼はもう一度溜息を吐いて、時間潰しに部屋の隅にうず高く積まれた本を一冊手に取った。
パラパラと捲るページは、半分以上理解できない図形やら文字やらで埋まっていた。

彼は顔を苦く歪め、食事を持ったまま杏に近づいていった。
彼女の頭の隙間から覗く紙に書かれているものの意味も、彼はほとんど分からない。

不意に、杏の頭が起きた。

彼女の頭上から覗いていた彼はぶつかりそうになって慌てて避け、今度は手中の食事が零れそうになってあわふたとする。
それを、椅子から立ち上がった杏は目を丸くして見つめていた。

どうにかこうにかバランスを保ち一息吐いた彼に、杏は呆れと懐かしさを込めて苦笑した。

「何やってるんですか、晃良さん」
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