闇夜に笑まひの風花を
「久しぶりですね、杏」
晃良は笑顔を彼女に向ける。
それによって心の中に燻っていた寂しさが紛れた気がして、杏はほっと息を吐いた。
「私が居なくなってからどれくらい経ちました?」
朝も昼も夜も関係なく、ずっとこの部屋に篭って机に向かっていたから、あれからどれくらいの日数が経ったのか、杏は分からなくなっていた。
「二週間ほどです。でも、あなたとは毎日会っていたから、もう懐かしい感じで」
ひと月と少しの間、毎日顔を合わせた仲間。
けれど、彼はアミルダの人間ではなく、それ故に杏はあまり彼を仲間だとは思えなかった。
「ちゃんと食べてますか?寝てますか?
呪術は身体が資本ですからね、無理したらいけませんよ」
それは翡苑の口癖だった。
だから、呪術師たちは一緒に食事をする。
杏は苦く笑った。
この部屋に篭ってからというもの、食事も睡眠もろくに摂っていない。
毎日昼と夕方に支給される食事は気が向いたときにしか手をつけず、隣室に裕が用意したベッドは使われたことがない。
睡眠は身体が限界を訴えた頃、机に突っ伏していつの間にか眠っている。
気を失うと言った方が正しいかもしれない。
四六時中 術のことを考え、集中しすぎているために外界の音も気配も感じられない。
本が必要になったときや不本意にも集中が途切れたときに、置いてある食事や空に浮かぶ月に気づく程度だ。
先ほど、杏が立ち上がったのは積まれた本の中から必要なものを探すためだった。
そんな生活をしていればもちろん窶れるし顔色も悪くなる。
けれど、杏は笑みを作った。
「大丈夫ですよ」
しかし、それで誤魔化されるほど晃良も馬鹿ではない。
現に昨日の食事が丸々残っているのを知っているから尚更だ。
「そんなんじゃ誤魔化せませんよ。
さ、僕が見張っていてあげるから食べなさい。冷めてしまったら美味しくないでしょう?」
にっこりと晃良が微笑む。
その無言の圧力に負けて、杏は渋々食事を口にした。
見張ってやるという言葉通りに、晃良は立ち去ろうとはしない。
たわいもない話を続ける。
「あなたが居なくなった頃から、チーフと琳さんも篭ってしまわれて。でも、二人とも心配しておられましたよ。
二人はどうやらここに来れないそうで……」
翡苑と琳はアミルダの人間だ。
晃良と違って、杏との接触は禁止されている。
そして、離宮の地下の一室で、王に命ぜられた『力の譲与』の準備を進めているのだろう。