闇夜に笑まひの風花を
北の塔の周辺には、あの黒いスーツとサングラスの男たちが在中している。
杏が逃げ出さないように、禁止された者と接触することがないように、見張っているのだ。
食事を支給するのは、呪術に耐性のある翡苑と琳以外の呪術師。
彼らは交代で顔を出してくれているようだが、残念ながら杏が気づくことはほとんどない。

本を持って来てくれるのも呪術師たちだ。
離宮の一室にアミルダの本が集められた書庫がある。
杏が希望の本をメモしておいて、それをもとに彼らが食事のときに持って来てくれる流れだ。
彼女が頼んだわけでもないのに、気づいてくれる彼らは無条件にありがたかった。

「それで、杏はここに篭って何をしてるんですか?」

それは、よく言われることだった。
直接に聞かれることは少なくても、メモで質問されるのは度々ある。

呪術は探究を深めていく作業だ。
彼らが知りたがるのは当然。
おまけに古い本ばかり持って来させて、興味に駆られてページを覗いても意味が分からないなら余計に探究心が擽られるというもの。

けれど、答えられないものは答えようがない。

杏は王の命令で術の発明をしている最中だと知らされている。
けれど、それがどういったものなのか、彼らは知らない。

離宮の地下ではないところで呪術の発明、呪術師の滞在が認められることは、彼らにとって初めてだった。
また、たったひと月前に呪術を学び始めた新人に王直々の命令が下るなんて、おかしい。

そして、極めつけは本の文字だ。
離宮にある本も全て、滅亡するまではアミルダ国が所有していたもの。
記されている文字は、アミルダ語だ。
呪術師たちはアミルダ語を読み解けれる。
最初に連れて来られたとき、彼らが真っ先にアミルダ語の読み書きを習う。

けれど、彼らが杏の集めた本を読むことはできなかった。
そこに書かれていたのは、特殊文字。
アミルダ国でも、王族と高位の呪術師しか教えられなかった文字。
翡苑と琳さえ読むことはできない。
同時に、彼らが知るはずもなかった。

この国で、唯一読み解けるのは、幼い頃に習った杏のみ。

特殊文字で書かれているのは、禁術に関すること。
他言無用の、呪ばかり。

杏のしていることは、彼女を蝕む魔を消滅させる術の発明。

けれど、魔が一体どういうものなのかさえ分からない。
方針が定まらなければ方法も見つからず、杏はいろいろ漁っては組み合わせ、術を展開しようと毎日頭を悩ませた。

期限が決まっているのだ。
はっきりと定められていなくても、時間は有限ではない。
おまけに、杏の身体がいつまで保つのかも分からない。
不安は増すばかりなのに、一向に手立てが浮かばない。

杏は焦るばかりだ。
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