闇夜に笑まひの風花を

ふ、と。

夜の穴が、埋められていく。

ゆっくりと、赤銅色に色を変えていく。

月の光が影に覆われて、赤黒い姿に変わっていく。

ゆっくりと、ひどくゆっくりと進む侵食。

月が、蝕まれる。

赤黒い月。
赤銅色の月。

大好きな彼の瞳の色。


『……アンジェ』

懐かしい、声。

『あのね、ハルカさま』

嬉々として話すのは幼い少女の声。

『覚えていて、アンジェ』

蘇るのは__女の人の声。

『アミル・ダラトイズ・リルフィ・リオ・ミスティーチ』

『アミル・ダラと……?
分からないよ、お母さま。もう一回言って』

微笑む、赤い唇。
紅の赤。

『アミル・ダラトイズ・リルフィ・リオ・ミスティーチ』

彼女がしっかりと聞き取れるように、ゆっくりと繰り返す優しい声。

『おまじないよ。決して忘れないで。
困ったときや、一人じゃ寂しいとき、悲しいときに唱えなさい。きっと、良いことがあるわ。

我、資格を以って始祖を求む。光に召されし天の遣い、現れよ。
このおまじないは、そういう意味よ』

小さな身体を抱き締めて、耳元で囁く。
優しい腕と、儚い声。
ローブから、何かの匂いがした。

『決して、忘れないで』

アンジェ__……。

それは、私の名。
あなたがくれた、最初の愛情。


目、が……離せない。
蝕まれた月から離せない。

ぞくりとする、異様な光景。
生きる世界が変わってしまったような、そんな感覚。

神秘的すぎて、怖い。
そんな色。

影に覆われ、光を失った赤黒い月。
それでも、ペンダントはわずかな光を集める。
吸い込む。
取り込む。

「__ア、ミル……ダラトイズ・リルフィ……リオ・ミスティーチ……」

母を、父を、遥の母を、助けれたかもしれない呪文。

視線を月に奪われたまま、まるで熱に浮かされたように囁いた。

零れ落ちる、力を司った言葉。

言い切ったと同時に__ペンダントが発光した。

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