闇夜に笑まひの風花を
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艶やかな長い黒髪を靡かせて、深い常盤色の瞳に優しい色を混ぜて、いつだってナノは寂しい微笑を口元に刻んでいた。
『今日は起きていても大丈夫なの?』
面会を許された扉を開けて顔を覗かせると、ナノはクスクス笑いながら、起こしていた身体を揺らせた。
『いやだ、アンジェ。私、そんなに重病人じゃないわよ』
『だって、昨日は会えなかったもの』
ベッドに近寄りながら、ナノが思いの外 元気そうなのが、嬉しかった。
面会謝絶なんて珍しいから、ずっと気になっていた。
『聞いたわ、お見舞いに来てくれたって。ありがとう』
ありがとうって口にするときのナノは、春の花みたいだ。
儚くて、優しい、そんな笑顔。
でも、近くで見るとやっぱり違いが分かる。
昨日臥せっていただけあって、あまり今日も元気満点ではないみたい。
『ううん。夏はナノ、いつも辛いもんね。
無理しちゃダメだよ?今日も顔色良くないんだから』
城に居るときにナノが使うこの部屋には、邪気払いの術も気温調整の術も施してあるけれど、ナノの体調に目に見えるほどの変化はない。
もともと生まれつき身体が弱いから、どうすることもできない。
それがいつも悔しかった。
『ふふ、アンジェは優しいのね』
春花の笑顔のまま、そんなことを言われて、思わず目を剥く。
ナノの身体を治せなくて悔しいのに、そんな私がどうして優しいのか、私は疑問に思うよりもびっくりした。
『なに言ってるの?ナノが優しいのよ。私は、ナノからもらったのを返してるだけよ』
返せてるかは分からないけれど、と自信がなくて小さく舌を出す。
ナノは少しだけ寂しいような哀しいような、そんな微笑を見せて、私に手を伸ばした。
ナノの手が、私の頬に触れる。
残暑の厳しい夏の終わりなのに、その指は冷たかった。
『ねえ、アンジェ。好きよ。ずっと。私の一番の親友。
あなたのこと、忘れないわ』
切ないっていう感情を知ったのは、もう少し後だった。
だけど、予め知っていたら、この声の切なさに気づけただろうか。
唐突な台詞を、六歳の私はちょっぴり不思議に思うだけで、
ナノの言葉が嬉しくて、すぐに笑顔を返した。
私をこんなに嬉しくしてくれるナノはやっぱり優しい。
そんなことを思いながら。
『私もよ、ナノ。
だから早く元気になって。またあの野原で花を摘もうね』
呑気な私がナノの台詞に込められた意味を知るのは、そのすぐ後だった。