闇夜に笑まひの風花を
『レイカ!』

その翌日、私は目に涙を溜めて乳母、玲香に抱き着いた。
突然のことに驚いた様子のレイカだったけれど、しっかりと抱き留めてくれた。

『どうされました?アンジェさま』

『ひっく、ナノが……うっ……ナノが……』

自分自身が混乱してて、涙が止まらなくて、その先が継げれない。
レイカは私が落ち着くまでずっと背中を撫でてくれていた。

長い時間が経ってから、やっと嗚咽を落ち着かせて、溢れる涙を拭きながらレイカを見上げる。
どうされました?ともう一度柔らかい声が尋ねた。

『ナノがね、居なくなっちゃったの。昨日は城の部屋に居たのに。私に何も言わずにっ!』

ナノは大抵この城の一室で生活しているけれど、ひと月の半分くらいは家に帰る。
でも、いつも帰る日時と、城に来る日を教えてくれていたのに。
また来るわ、待っていてね、って。
昨日はそんなこと言っていなかった。

その代わり__。

『好きだって、言ってくれたのに……居なくなっちゃったよぉ……』

別に約束なんかしていない。
城を出るときは絶対に教えてね、なんて言ったこともない。
けれど、ちゃんと教えてくれることが当たり前だったから。

心の中で、どうして?を繰り返す。
答えの出ない問いを、延々と。

あの、寂しい微笑。
春の花のような、儚い笑顔。
消えてしまいそうな……。

急に胸が苦しくなって、悲しい。
よく分からないけれど、わがままかもしれないけれど、涙が止まらない。

忘れないわ、なんて……いつもは、言わないのに。

『アンジェさま、きっと大丈夫ですよ。
那乃さまが何も言わずに出て行かれたのは、おそらく急な用事があったからでしょう。でなければ、あの那乃さまがあなたを泣かせるようなことはしないはずでしょう?』

髪を梳いて、頭を撫でる、温かい手。
私の不安を一つ一つ摘んでいくような、そんな声。

仕事の忙しいお父様とお母様の代わりにいつも傍に居てくれたのは、レイカだった。

『待っていたら、きっと大丈夫ですよ。
那乃さまが戻っていらしたら笑えるように、さぁ、涙を拭いてください』

涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔を、そっと拭ってくれる細い指。
お母様とも違う、綺麗な指。

この手と彼女の心音が、生まれたときからの私の精神安定剤だった。

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