闇夜に笑まひの風花を
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__ぞっ、と肌が粟立って、私は顔を跳ね上げた。
『アンジェ!?』
驚いたハルカさまの声。
それに応える余裕もなく、私は駆け出した。
強大な力の塊。
それも悪い方の。
背中に冷たい汗が伝う。
項がチリチリするような、感覚。
心臓が縮こまって苦しい。
膝が、震えて。
身体が行くな、って危険信号を出している。
それが痛いくらいに分かる。
力の塊は当然のごとく離宮に居座っていて。
足が、竦む。
どう、して……。
うごけ。
動け動け動けっ!
こんなところで怯えている暇なんてないのに。
離宮には、お母様とお父様を始め、十数人の呪術師たちが居る。
何が起こっているか、確かめないといけないのに。
__こわい。
離宮に近づくことが?
無事を確認することが?
わからない。
何に怯えているか分からないけれど、怖くてたまらない。
『早く……っ!』
行かないといけないのに。
アンジェ、と呼ぶ声が二つ。
バタバタと迫る足音。
今日は、離宮に来ちゃダメよ。
若干硬い声と真剣な瞳のお母様。
どうしてと尋ねることさえ憚られて、私は素直にはい、と返した。
だから、今日は一日、ユタカさまとハルカさまとお部屋でゲームをして遊んでいたのに。
追いかけてくる声と足音が誰のものかは振り返らなくても分かる。
けれど。
さっきまではなかったのに、一瞬で現れた巨大な力。
きっと、お母様たちはこれを召喚したんだ。
だから、危ないかもしれないから、近寄るなと釘を刺した。
でもごめんなさい、お母様。
しゃん、と鈴のような音を立てたのは、髪飾り。
『……風よ』
呟いた声は小さくて震えていても。
身体に纏うのは、突然巻き上がった風。
『連れて行って』
お母様たちのところへ。
とてつもない力の塊のところへ。
私だけを。
ゴウ、っと。
風が耳元で唸る。
竦んで動かない身体を乗せて。
向かうのは、離宮の地下。
__その胸元に、アレキサンドライトのペンダントは……なかった。