闇夜に笑まひの風花を

*****

杏は目を閉じる。
板の冷たさを衣越しに感じ、耳が痛いほどの静寂を聞き取る。
心からも頭からも何もかもを追い出して、世界に自分独りになる。

再び開けた淡紅の瞳は、虚空を見つめていた。
立ち上がった足は一歩を踏み出す。
腕が空を切る。

曲は、ない。
ただ無心の心が愛でるままに世界を味わう。
舞うことだけに没頭する。

そんな、舞。

吹き抜けの天井から降り注ぐ月光を仰ぐ。

ああ、なんて月は儚い……。

祖母が舞の練習をした、空間。
祖母と遥と舞った、空間。
遥の曲で舞った、空間。

己を照らす淡い月明かりに、いつも優しい眼差しをくれた祖母を重ねる。

舞は、祖母を偲んで終わりを迎えた。

「…………」

はあ、はあ、と乱れた呼吸が繰り返される。
それだけが響く、一人きりの空間。

ふと浮かんだ寂しさが、杏を孤独に突き落とす。

『お前が何者で、その血が何を意味するのか__知りたくはないか?』

蘇るのは王子の声。
あの、慈悲も情けもない冷酷な声。

流れているだけで大罪を犯すという、杏の身体を満たす血。

杏の肉親はいない。
幼い頃の記憶がない。

遥も彼の両親も世間も、杏に優しくしてくれるけれど、どれも仮初めに思えてならない。

真っ白な空間で、ただ独り宙ぶらりんにされた気分だ。

それを人は、孤独と呼ぶのだろう。

__ツキリ、と胸元が痛む。

これは比喩ではなく、現実の痛みだった。

痣が、疼く。

……痛いっ!!

杏は胸元を押さえ、膝をついた。

「ぅあ、__っ!」

痛みに、杏は息を詰まらせる。

__こんなことは初めてだった。

痣が、痛むなんて。
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