闇夜に笑まひの風花を
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杏は目を閉じる。
板の冷たさを衣越しに感じ、耳が痛いほどの静寂を聞き取る。
心からも頭からも何もかもを追い出して、世界に自分独りになる。
再び開けた淡紅の瞳は、虚空を見つめていた。
立ち上がった足は一歩を踏み出す。
腕が空を切る。
曲は、ない。
ただ無心の心が愛でるままに世界を味わう。
舞うことだけに没頭する。
そんな、舞。
吹き抜けの天井から降り注ぐ月光を仰ぐ。
ああ、なんて月は儚い……。
祖母が舞の練習をした、空間。
祖母と遥と舞った、空間。
遥の曲で舞った、空間。
己を照らす淡い月明かりに、いつも優しい眼差しをくれた祖母を重ねる。
舞は、祖母を偲んで終わりを迎えた。
「…………」
はあ、はあ、と乱れた呼吸が繰り返される。
それだけが響く、一人きりの空間。
ふと浮かんだ寂しさが、杏を孤独に突き落とす。
『お前が何者で、その血が何を意味するのか__知りたくはないか?』
蘇るのは王子の声。
あの、慈悲も情けもない冷酷な声。
流れているだけで大罪を犯すという、杏の身体を満たす血。
杏の肉親はいない。
幼い頃の記憶がない。
遥も彼の両親も世間も、杏に優しくしてくれるけれど、どれも仮初めに思えてならない。
真っ白な空間で、ただ独り宙ぶらりんにされた気分だ。
それを人は、孤独と呼ぶのだろう。
__ツキリ、と胸元が痛む。
これは比喩ではなく、現実の痛みだった。
痣が、疼く。
……痛いっ!!
杏は胸元を押さえ、膝をついた。
「ぅあ、__っ!」
痛みに、杏は息を詰まらせる。
__こんなことは初めてだった。
痣が、痛むなんて。