闇夜に笑まひの風花を
__そのつらさを癒してくれる人は、もう居ないのに……。


裕、遥。

鈴のような美しい声音。
お母様とは違う、たおやかさ。

声に扉を振り返ると、小麦色の髪毛の女性。
猫毛のような柔らかさは、ユタカさまとそっくりだと知っている。

母上……!

嬉々としたユタカさまとハルカさまの声が重なる。
そして、二人はカードを投げ出して、はち切れんばかりの笑顔で彼女に抱き着く。
駆け出したのはハルカさまだった。
ユタカさまは、ハルカさまが転けないように後ろから見守りながら、ツユキさまのところに歩いていく。

私は、ツユキさまが膝をついてお二人を抱き締める様子を、ただ見ていた。

私のお母様は凛とした、一輪で咲く崖の狭間の野花のようだった。
お母様を支え、守る崖がお父様だった。

風に晒される花。
崖が守れるのは、背後だけ。
けれど、それでも花は我慢強く耐えている。
萎れぬように、茎が折れぬように。
その後ろに、小さな芽が顔を出しているから。
__お母様とお父様はそんな人。

対してツユキさまは、人に見守られ育てられた花壇の花のような、しっかりと芯を持つひどく美しい女性だった。
見た目は可愛らしく儚く、野花に比べて強さは表に出ないけれど、子供の悪戯にも負けない強かさを秘めている。
__ツユキさまは、そんな人。

アンジェ。

ツユキさまに抱き締められる二人を知らず羨ましそうに見ていたら、ツユキさまの声が聞こえた。
愛しさがそのまま音になったような、あの声で。
二人の子供に向けた笑顔と同じ表情で。

いらっしゃい。

ユタカさまとハルカさまで腕がいっぱいなのに、それでもおいでと催促する。
これが初めてでもないのに、恐る恐る近寄った私を抱き締め、撫でる手つきはお母様のように優しい。
自分が産んだ子供に対するのと、なんら変わらない表情と態度。
決して可哀想な子供に同情しての行為ではない。

子供は敏い。
私はそういう大人も知っているから、ツユキさまの優しさと芯の強さが分かる。

そして、同時にどうして良いか分からなくなる。
なぜなら、我が子を慈しみ王子らに優しくするが私には冷たい大人や、あえて声を掛けても心にもやもやしか残さない大人たちが圧倒的に多いから。

そういう大人たちから心を守る方法は知っているけれど、だからどうして良いか分からない。
そんな私をツユキさまは戸惑いごと抱き締めてくれる。

仕事で忙しく、離宮から出ることはほとんど叶わないお母様とお父様の代わりに、私を守ってくれる。
慈しんでくれる。
愛を囁いてくれる。

レイカとも違う、私の母代わり。

ツユキさまは……そんな人。
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