闇夜に笑まひの風花を
「目が覚めましたか?」
突然の声に顔を上げると、ドアのところに白い服の女性が立っていた。
彼女は杏の傍に歩み寄る。
肩の上で揺れるのは、鉄色の髪。
「気分はどうですか?」
笑顔の素敵な女性だった。
冷え切った心に温かさが灯ったような気分になる。
「頭が痛いだけで、あとはなんとも……」
簡単に症状を述べると、スッと女性の手が伸びてきた。
一瞬身を硬くするが、それが前髪を払い、杏は彼女の意図を知る。
「外傷はありませんね。
午前中に医師が顔を出しますので、指示を仰いでください。それまでに痛みが激しければ、声を掛けてくださいね」
にっこりと人懐こい笑顔で彼女は名乗った。
「私、あなたを担当します、柊崎(くきさき) 芽依です。よろしくお願いします」
聞いたことのある名を未だ混乱を残す頭で探る杏の額に、芽依は額を合わせた。
「オポス・ザ・パネラ」
閉じられた瞳。
長い睫毛。
触れ合う額が温かい。
ふっと頭の痛みが軽くなった気がした。
オポス・ザ・パネラ__快癒の呪文の一節だ。
「早く元気になりますように、っておまじないです」
それでは、と芽依は部屋を出て行った。
彼女は最後まで笑顔を絶やすことがなかった。
誰も出入りのないドアをしばらく見つめていた杏の頬に涙が伝い落ちる。
どうして泣いているのか、杏自身にも分からなかった。