闇夜に笑まひの風花を


生成り色の衣装に身を包んだ母を思い出す。
白と生成り色の差異はないに等しいが、それでも生成り色がアミルダ王族の正装だった。

「お母様はどんなドレスだったかしら?」

杏は昔を懐かしむように、どこか遠くを眺めるように目を細める。
ズキリと疼いた胸には知らないふりをして。

「ティア様は……」

思い出すように小さく呟き、早紀は持参したスケッチブックを膝に乗せると、紙にペンを滑らせた。
杏のあやふやな記憶が紙上に描かれていく。

「いつも、こんな感じの衣装を召されていました」

そう見せられた絵に、杏の顔に自然と笑みが浮かぶ。

そうだ、こんな衣装を着ていた。

ドレスの形は様々だが、毎度手首と足首に小さな鈴のついた生成りの布を巻くのだ。
歩く度、舞う度にそれが涼やかな音を奏でる。

アミルダの王は同時に祭祀でもある。
自然に感謝を伝えるために、彼らは行事で舞うのが伝統だ。
それは見る者の心を惹きつけてやまない繊細かつ美しい舞。
悠国の舞とは一線を画する。

泉はそれを気に入り、ティアの身分を伏せて毎回舞踏会に参加させるほどだった。

「鈴はつけられませんが、手首足首の飾りは使えますね」

懐かしげに見つめる杏に、早紀は温かい笑顔を返した。

悠国の舞とアミルダ国の舞は意味が違う。
悠国では人々の娯楽の一端だが、アミルダ国では奉納の意味を持つ。
それ故に、アミルダは悠国のように楽団が演奏することはない。
曲はなく、手足の鈴の音が空気を震わせる。
時折 祝詞の言葉を唄にすることもある。
舞うことは、感謝を伝える儀式だ。

その精神は杏にも根付いており、悠国流の舞を習っていながらも、杏がそれを疎かにすることはない。
これがまた、彼女を特別視させる所以なのかもしれなかった。

それを分かったように気遣ってくれる早紀に、杏は泣きそうになる。
言わなくても分かってもらえることが、嬉しかった。
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