闇夜に笑まひの風花を
ドレスのデザインと採寸を終え、早紀は退室した。
最近全く踊っていない上に食生活も乱れていたから、筋肉は弱り脂肪は生きるための糧にされた。
去り際に、ちゃんと食べてゆっくり体調を整えてください、と泣きそうに目を怒らせて言われたが、杏は苦笑を返すしかなかった。
早紀が出て行って数分。
杏はぼうっと天井を見上げていた。
しかし、彼女は唐突に起き上がると、徐に点滴の管を腕から抜いた。
わずかな血が腕を伝う。
その様をじっと見つめて、彼女の表情が歪んだ。
吐気を感じるほどの嫌悪感。
この血が……。
この血が流れてるから、みんなが死んだのだ。
この血の所為で。
この血がなければ……!
記憶を取り戻した以上、杏には自らの身体を流れる血が忌々しいものにしか見えなかった。
身体中から流れる血を総て抜いてしまいたい衝動に駆られる。
この血によるこの体質のおかげで、彼女の命は救われたと言っても、そんなものに価値なんてなかった。
それでも。
腕を伝い落ちた血が、真っ白なシーツに痕を残す。
点滴はまだ残っていた。
それでも、この血はお母様とお父様の唯一の形見で。
みんなが守り続けた血で。
みんなを守れたはずの血で。
やっぱり、この血を失わせるなんて、結論は出せなくて。
生きることはこんなにも苦しいのに、死ぬわけにはいかない。
多くの犠牲の上に守られたこの命。
捨てたら、それこそみんなに顔向けができない。
誓ったの。
人間らしく生きると。
最期まで自分の誇りに従って生きると。
__だから、私はみっともなくても足掻くの。
真っ白な部屋。
清潔に保たれたベッドの上には、
一滴の血痕と途中の点滴の管だけが、残されていた。
芽依が次に訪れたときには、哀しき姫の姿は消えていたという……。