闇夜に笑まひの風花を
「晃良さん、ありがとう。それじゃあ、いってき__」
「杏」
唐突に呼び止められ、杏は首を傾げた。
晃良は懐に片手を入れている。
「どうしました?」
不思議に思って尋ねると、彼はわずかに唇を噛んで手を杏の前に出した。
仰向けにされた掌に載るのは。
「琳さんから預かりました。杏に、と……」
晃良の声は苦かった。
杏はそれを拾い上げて、寂しそうに目を細める。
それは、リボンだった。
勿忘草色の。
指二本ほどの太さの。
その布地に目立たない空色で刺繍がしてある。
封魔と加護、そして無効化。
おそらくは王の命令なのだろう。
王は杏の舞を魅了の術ではないかと疑っていたのだから。
封魔と加護は彼女の気遣いにすぎない。
杏は苦く微笑み、それを腕に巻いた。
身体にわずかな違和感を覚える。
いっとき瞑目しそれを堪え、彼に笑顔を向けた。
「琳さんに伝えてください。私は大丈夫だと。
晃良さんも気にしないで。いいの。それで私の舞が認めてもらえるなら」
晃良も琳も悪くない。
諸悪の根源は、私なのだから。
そうは言っても罪悪感を簡単に晴らすこともできるはずなく、自己嫌悪が顔に出ている晃良に笑いかけた。
「晃良さん、もう一つお願いしてもいいかしら」
「何です?」
彼の反応は早かった。
後ろめたい思いがあるから、役に立ちたいと思っているのだろうか。
健気な晃良に思わず笑みが零れる。
「一つ、呪具を作って欲しいの。床に埋め込むタイプの。
術の形式は結界。対象は邪気と殺意、又それを抱くもの」
魔に乗っ取られた杏が壊した、遥の寝室の護り。
本当は杏が担当したいけれど、他のことにまで構っていられる余裕がない。
杏の依頼を聞いて、晃良はしばらく押し黙った。
眉間に皺が寄っている。
「……それって、防護の他に探知と読心が要りますよね……?」
防護も読心もそれなりに高度な術だ。
晃良が任されていた仕事から力量を考えるに、一つずつならしっかりと熟せるだろう。