闇夜に笑まひの風花を

「ご存知ですか?穢れのない雪の影は青いんです。昼でも、夜でも、変わらず……」

楽団は彼女の意図が掴めず、顔を見合わせる。
杏は瞑目した。

「__始めてください」

杏の合図で、もう一度楽団が楽器を構える。
演奏者が息を吸う音に合わせて、杏も深く息を吸い込んだ。

空気が震えて音になるのと、彼女の腕が空を切るのは同時だった。

緊張感のある始まり。
静かな、透明感のある音。
冷たさに紛れてそこにあるのは、柔らかさ。

……雪、ね。

今や、哀しいだけの記憶。
いろんな感情が浮かび上がって、胸が苦しい。

ダメよ。
思い出したらだめ。
今は、舞うことに集中しなくちゃ。

雪下の蕾。

ねぇ、私もいつかは報われるって励ましてくれてるの……?


『ユタカさま、見てください。ね、きれいでしょう?
けがれていない雪のかげって青いんですよ。ふしぎですよね』


__ぷつり、と何かが切れた。

身体の力が抜ける。
目の奥が痛んで、視界が狭まった。

自分の台詞が可笑しくて、嘲笑が浮かぶ。

床に倒れた痛みも冷たさも、何も感じなかった。
それ以上に、心が寒くて。

遠くで誰かが慌てている。
私を呼ぶ声。

だれ……?

知らない。
考えることすら億劫で、思考を投げ出す。

目の前が真っ暗になる。
しゃん、と聞き慣れた音が鼓膜を揺らした。

__私は、もう穢れてしまっているのに。

ふと浮かんだそれを最後に、杏は意識を手放した__。

< 208 / 247 >

この作品をシェア

pagetop