闇夜に笑まひの風花を
「ご存知ですか?穢れのない雪の影は青いんです。昼でも、夜でも、変わらず……」
楽団は彼女の意図が掴めず、顔を見合わせる。
杏は瞑目した。
「__始めてください」
杏の合図で、もう一度楽団が楽器を構える。
演奏者が息を吸う音に合わせて、杏も深く息を吸い込んだ。
空気が震えて音になるのと、彼女の腕が空を切るのは同時だった。
緊張感のある始まり。
静かな、透明感のある音。
冷たさに紛れてそこにあるのは、柔らかさ。
……雪、ね。
今や、哀しいだけの記憶。
いろんな感情が浮かび上がって、胸が苦しい。
ダメよ。
思い出したらだめ。
今は、舞うことに集中しなくちゃ。
雪下の蕾。
ねぇ、私もいつかは報われるって励ましてくれてるの……?
『ユタカさま、見てください。ね、きれいでしょう?
けがれていない雪のかげって青いんですよ。ふしぎですよね』
__ぷつり、と何かが切れた。
身体の力が抜ける。
目の奥が痛んで、視界が狭まった。
自分の台詞が可笑しくて、嘲笑が浮かぶ。
床に倒れた痛みも冷たさも、何も感じなかった。
それ以上に、心が寒くて。
遠くで誰かが慌てている。
私を呼ぶ声。
だれ……?
知らない。
考えることすら億劫で、思考を投げ出す。
目の前が真っ暗になる。
しゃん、と聞き慣れた音が鼓膜を揺らした。
__私は、もう穢れてしまっているのに。
ふと浮かんだそれを最後に、杏は意識を手放した__。