闇夜に笑まひの風花を
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その日、学校の退学手続や裕から与えられた執務が一段落したので、遥は楽団の練習室に足を向けた。

ふと気にかかるのは、やはり杏のこと。
新年の式典までもう日にちがないというのに、先日訪れたときには彼女はまだ一度も顔を出していないらしかった。

……大丈夫だろうか。

月蝕の夜に部屋の中で倒れていたと報告があって以降、まったく様子が掴めていない。

どうして倒れていたのだろうか。
体調が崩れたのだろうか。
今は元気になったのだろうか。
ちゃんと食事や睡眠を摂っているだろうか。
例の呪術の進行状況はどうだろうか。
式典の準備は進めているだろうか。

たくさんの気掛かりや心配が彼の心を満たしている。
毎日、幾度も北の塔を見上げる。
目の前のことに集中なんてできるはずがなかった。
けれど、何度心の中で尋ねても、答えは返らない。
心が休まることはなく、またひどく疲れが溜まる。

だから、せめてもの息抜きにと足を運んだ楽団の練習室。
その扉を何の気なしに開けて、遥はその場に立ち竦んだ。

耳に届くは己の作った曲。
それに合わせて、舞う少女。
藤色より青の配色が多いような薄花桜色のドレスを翻して、切なく舞うのは、遥の心を占める彼女。

その身体が__律する力を失ったように傾く。

手を伸ばして身体を支えることすら忘れて、彼女は床に崩折れた。
彼女の舞に見惚れ、演奏が疎かになっていた幾人かの演奏者が腰を浮かす。
遥も息を呑んで、彼女に届かない手を伸ばした。

「__杏っっ!!!」

弾かれたような突然のその声に、演奏がピタリと止まる。
遥は音の途絶えた部屋を横切り、彼女の元に走る。
早くに気づいた演奏者たちも楽器を手にしたまま走り寄った。

困惑し、ざわつく空気。
楽団の誰かが医師を呼びに駆けた。

遥は彼女を抱き起こし、その白い頬を気つけに軽く叩く。

「杏!おい、杏!?」

幾度呼んでも、彼女は応えない。
その四肢は弛緩して投げ出されていた。
低い体温。
浅い息。

「杏っ!!」

その白い面の眉間が辛そうに顰められていた。
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