闇夜に笑まひの風花を
*****

右手が温かい。
何かに包まれているようで、そっと撫でられているような感覚。
その手つきはとても優しくて、温かい。
手の甲を指の腹で擽るような動きは儚くて甘い。

それがどことなく心地良かった。

けれど、不意にその温もりが離れていく。
それがひどく寂しくて、夢現のまま腕を伸ばした。

行かないで、と。
掠れた喉から声を絞るように、寂しさを埋めたくて手を伸ばした。

瞼は重く、視界は黒で埋めつくされている。
だから、懸命に伸ばした指に触れたものを無我夢中に掴んだ。

声の代わりに、縋るように。

くん、と掴んだものが引っ張れて、力が入らない指は意思とは関係なしにそれを手放した。

いや、イヤ。
ひとりぼっちはいや。

心で叫ぶが、声が出ないので伝わらないのが悲しい。
目頭が熱くなって泣きそうになるくらい寂しい。

けれど、その力ない手を、また温もりが包んでくれた。
絡んだ指に心が慰められて、そっと息を吐く。
そして、額にかかる髪をその温かい指が払ってくれる。

「……起きた?」

吐息のような、眠りを遮らない程度の声。
鼓膜を擽る聞き慣れたそれ。
糊でくっつけられたように開かない瞼を震わせて、声の出ない口で彼の名を呼ぶ。

はるか……。
ねえ、そこにいるの?

「居るよ。杏の傍に。
だから、目を開けろよ」

開かないの。
目が。
真っ暗なの、怖いよ。

視界は黒に塗り潰されている。
一条の光も見えない、暗闇。

ねえ、どこ?
はるか、どこに居るの?
寂しいよ。

伸ばした自分の手すら見えない真っ暗闇の中で、それでも彼を探す。
温もりをもとに、声の出ない唇で彼の名を刻んで。

いくら心で叫んでも、喉が震えることはなく。
悪戯にすり抜ける温もりが心を乱す。

どうして声が出ないのだろう。
どうして目が開かないのだろう。

不意に疑問に思うと、次第に恐ろしさが心を満たす。

遥は、どこ?

傍に居ると言った声が聞こえない。
前髪を払ってくれた指が、近くに感じられない。

右手を包んでいてくれていた温もりが、見当たらない。
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