闇夜に笑まひの風花を
「ティア様とトゥイン様からいただいた、大切な生命だろう!? 大切な人生だろう!? なんで粗末に扱うんだよっ。なんで、諦めてんだよ。生きろよ!お前は、お二人の分まで生きるべきだろう!!」
杏は、静かな瞳でじっと遥を見つめる。
無感情ではない。
瞳が、心が、凪いでいる。
遥の言葉は、彼女に届かない。
それが悔しくて哀しくて、彼は赤銅色の瞳から涙を溢れさせた。
堪らず彼女に手を伸ばし、力一杯掻き抱く。
「死ぬなっ、杏!!」
お前を喪うことがたまらなく恐ろしいのだと叫んでも、彼女はひたすらになされるまま。
彼の腕に抱かれ、胸に身体を預けて、ただただ遥の声を聞いていた。
虚空に投げられた彼女の瞳が見ているものは、深い闇。
夢現で彷徨った、父母の居る死者の集う闇。
囚われたら、決して逃れられない、濃い闇。
彼女の父母が彼女を誘うはずがないのに、闇に視界を阻まれている彼女は、誘っているのが幻だと気づかない。
否、頭の隅で気づいていながら、気づかないふりをしている。
こちらにおいで、と誘うから。
私が闇に堕とした亡者が、寂しいと誘うから。
私は。
ああ__、目覚めなければ良かった。
「__私は、お母様を、お父様を、皆を、都夕希さまを、殺したのよ……」
淡紅色の瞳は虚空を見つめ、まるで譫言のように力ない声で、彼女はポツリと零した。
それに、遥は首を左右に振って否定する。
抱き締める腕に更に力が篭って、痛かった。
「私が、生きていて良いはずがない、でしょう……?」
震える、声。
疑問系なのは、どこかで否定してほしいと望んでいるからか。
「違う!」
耳元で、彼が叫ぶ。
「……違わ、ない……」
杏色の瞳が、涙に濡れる。
「お前の所為じゃない!!」
強く、キツく抱き締めて、肩口に頬を埋めて、遥は耳が痛くなるほど叫ぶ。
彼から零れる涙は、きっと、それが事実だと知っていた。
杏は震える指で彼の衣を握り込んだ。
ぎゅっと閉じた目尻から、雫が頬を伝い落ちる。
噛み締めた唇がかたかたと震えた。
それでも、もう、彼に甘えることはできない。
「私の所為よっ!!」
どん、と。
声を張り上げながら、彼の胸を精一杯突っぱねた。