闇夜に笑まひの風花を
どんな状況であろうとも、変えることのできない言葉。
許すことのできない選択。

何故なら、過去は変えれないから。

杏が、彼の母を殺したのだ。
いくら遥が赦しても、彼女が自分を赦すことはきっとない。

決して忘れてはならないこと。
まだ、何も終わってない。
だから、どうか____。

赦さないでいて。

穢れた私なんかを、受け入れないで。

私を好きなんて、言わないで。

「だめよ」

もう一度、彼女は繰り返す。
彼を見上げ、赤銅の瞳を見つめて。

けれど、制止を表すそれが、拒否ではないことはどちらもが知っていた。

杏の潤んだ目尻から、涙が一滴零れた。

彼女を映すその瞳が切なく細められる。
彼女の顔の横で彼の拳が固く握られた。

眼の奥で燃えていた炎は鳴りを潜めたが、完全に消えたわけではなかった。
消えなかった。
遥は切ない心と身体を持て余して、彼女の肩口に鼻を埋めた。
何かを甚えようと杏を力強く抱き締める。
それはまるで小さな子供がすがるようだった。

彼女はそんな彼の髪を梳く。
愛おしいように切ないような微笑を口元に浮かべて。

「ばかね……」

それは、甘い、悪態。

彼はこんなときでも、彼女の言葉に反することはしない。
彼女が嫌がっていないことを知っていながら、彼女が本気で拒んでいないことを知っていながら、それでも自らの欲を最優先にはしようとしない。
それはどれだけの優しさか。

否、彼はただ、臆病なだけだった。

傷つけるのが怖いのではい。
彼女に嫌われることが怖いのだ。
彼女が彼の傍から離れてしまうことが、堪らなく怖いだけだった。
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