闇夜に笑まひの風花を
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青白く冷えた身体に純白のロングドレスを纏い、水分を粗方拭き取ったがまだ濡れている琥珀の髪は背中に流したままだ。
手首には勿忘草色のリボンが巻かれている。

ふと、彼女は瞼を閉じて天井を見上げた。
深く肺に空気を取り込む。

目を開けようとしたそのとき、大広間の扉が開く。
びくりと杏が振り返る。

「そんな格好でここに来るなんて、誰か来たらどうするつもりなの?杏」

「那乃!久しぶりね!」

闇に溶けるような声はよく知っているもので、杏は久しぶりの顔に破顔した。
しかし、対して那乃は泣きそうな顔を浮かべている。

ててっと駆け寄った杏は元気のないその頬を掌で包む。
その手は氷のように冷たく、那乃はひくりと震えた。

「なんて顔してるの?」

「……だって……。杏、痩せたね……。顔色も悪いし」

その凍えた指を暖めるように手で包みながら、彼女は更に葡萄の瞳を潤ませる。
それに対し、杏は軽く笑った。

「平気よ。最近はちゃんと食べてるから。心配しないで、ヘマはしないわ」

「ばかっ!」

那乃は悲痛な声で叫んだ。

「なんでよ。なんであんたはいつも、そう……。
心配くらいさせてよ……。私の所為なのに……!」

「あなたの所為じゃないわ。あなたは気にしなくていい」

「どうしてそんなこと言うのよ!? そんな、気休め__嬉しくなんかないわ!
あんたはいつもそう。周りの人に気を遣って、自分は傷だらけになって。なのに、自分の心配はしないの。自分を労わることをしないんだわ!だから、自分が傷だらけになってることにも気づかないし。周りが、どんな気持ちになってるのかも気づかないの!
ねえ分かって? 嬉しくないの、そんな気休めの言葉なんて。それは、ただ傷口を抉り返してるだけ__」

「だって!! 」

那乃が必死に言い募っているのを、杏は声を荒げて遮る。

なんて言ったら、この感情は伝わるのだろう…?

「……だって、あなたは知らなかったでしょう?知ることなんて、できないことだったじゃない。
あれは、仕方がなかったの。仕方のないことだったの。だから、誰が悪いとかそんなこと決めれないよ」

これは綺麗事じゃない、真実だ。
これが本当かが問題じゃない。

そう…信じるしかなかった。


ふう、を杏は息を吐く。

「私はね。隣の亡国、アミルダの姫なの」
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