闇夜に笑まひの風花を
那乃は目をパチクリとさせた。
構わず、杏は続ける。
「24年前 国が滅んで、父様も母様も捕虜としてこの城で働いていて。私は、ここで育ったの。ハルカさまと一緒に、ハルカさまのそばで、ハルカさまの遊び相手として」
「そんなこと、私に話しても良いの?」
どうして、自分の身の上の話をしているのか、杏自身にもよく分かっていなかった。
ただ、言葉にならない感情が燻っている。
「構わないわ。その代わり、覚えていてほしい」
違う、知ってほしいだけかもしれない。
したいのは仲間外れじゃない。
彼女の否定でもない。
真実の追求でもない。
ただ、一緒に生きること。
「裕様の婚約者に内定したのは、まだ4歳の頃だったわ。先王、裕様のお祖父様がお決めになられたそうよ。その頃から、かな……。ハルカさまの婚約者に決まって、一宮ナノと知り合ったの」
時を、場所を、共にできなくても。
たとえ、そのうちの誰かが居なくなってしまっても。
湧き上がる言葉にできない感情は怒りではない。
哀しみでもない。
__切なさだ。
これを、人はきっと願いだというのだろう。
「ナノは身体が弱くて。よく、裕様とハルカさまと、お見舞いに行ったな……。でも__。ナノが7歳の夏に、突然ナノが城に来なくなったの。ナノが亡くなったという報せが届いたのは、冬だった……」
「来なくなったんじゃないわ。来れなくなったのよ」
わずかな文字の違い。
けれど、意味は大きく変わる。
「……え?」
もしかして、自分は勘違いをしていたのではないか、と心が冷えた。
「家に、彼女の日記が遺ってるの。
残暑の厳しかったある日、遥様がナノ様との婚約を解約したの。お祖父様も父様も通さず、直接ナノ様に仰られたの」
びっくりした。けれど、私の努力が足らなかったから。だから、身体を治して、自分に自信が持てるまで頑張って、もう一度遥様にアタックするの。
日記にはそう書いてあったらしい。
__ああ、ナノらしい、と涙が溢れた。
優しかった、あの子らしいと。
本当に、私は罪深い。
「日記を見つけたのは、小さい頃。でも、読んだのはつい最近なの」
ごめんね、なんて謝るのは筋違いだろう。
「私は……本物の那乃さまの身代わりに、孤児院から引き取られた孤児よ……。
王家の外祖父になりたかったお父様は、那乃さまが亡くなった後、那乃さまによく似た女の子をお探しになった。
この国は結婚は一生に一度きり。那乃様の母君はもう亡くなっておられたから……。那乃様以外にお子様のいないお父様が、それでも野望を達成させるためには、それしかなかったの……」
ぎゅっと指に力を入れて堪えていた彼女は、しかし、涙がほろりと零れたのを隠すように顔を両手で覆った。
「でも、私.....、もう無理……。
どうして、私は私じゃいけないの!? 」
くぐもった声は、あまりにも哀しい慟哭だった。