闇夜に笑まひの風花を
「当日のお前と相手の衣装はこちらで用意し、送らせよう。
ドレスは評価の対象ではないが、多くの貴族が集まる華やかな場だ。呑まれないように着飾るのは、目印くらいにはなろう」

急な申し出に杏は戸惑った。
貴族の娘は自分で調達するが、庶民の花姫のドレスは学校が用意してくれる。
王族の御前に出るのだから、見苦しくないものを、という配慮だ。
杏もその制度を利用するつもりだったが__。

王子は彼女の様子に関わらず、話を進めていく。

「帰る前に採寸をさせる。
ドレスの形はわがままを言って構わない。その痣を隠すも見せるもお前次第だ」

痣を指差してにやりと笑う彼に、杏はその意図に気づいた。

少しでも焦った自分が馬鹿みたいだ。
王子はただ、杏を試してからかって遊んでいるだけだ。
まるで、子供が玩具で遊ぶように。

杏は思わず一歩足を引いた。
その間を、王子は笑いながら詰める。

「そんなに怯えなくていい。
その痣は、加護だ。お前を護る魔神の目印らしい。
それを施したのはお前の両親だ」

ぐいと顎を掴まれ、杏は彼に引き寄せられる。
呼気が絡む距離に、彼女は眉間に皺を刻んだ。

「坂井杏、お前の両親の名を問おう」

意地の悪い笑いを引っ提げたその質問に、杏は目を見開く。

両親の名。

問われているのはたったそれだけなのに、頭のどこを探しても、答えの端っこすら掴めない。

「知らないだろう?」

現実を突きつける冷酷な声音に、杏は泣きそうになった。

杏には肉親がいない。
育ててくれたのは、遥の祖母だ。
けれど、それ以前の記憶がない。

親の名も、顔も、性格も、彼女は知らない。

彼らがどうして亡くなったのかも、分からなかった。

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