闇夜に笑まひの風花を

四章、呼び戻された人形

:::::

空に丸い月が浮いている。
この当時はまだ、一抱えもありそうな月が丸々と太っていれば、灯火はいらないほどだった。

白い肌の上でアレキサンドライトが煌めいている。

秘密を隠すには、明るすぎた。

『いけません、兄様』

触れそうな唇の隙間から、押し出す拒絶。

『どうして』

抑揚のない声。

わざと兄と呼んだ、その心も知っている。
この問いは無意味だ。
彼女を困らせるだけ、なのに。
優しく手を離してやるなんて、できない。

『いけません。私たちがこんなことするなんて』

答えにならないそれを繰り返す唇。
それを塞いでしまいたい、と思いながらも、なけなしの理性が制止をかける。

『どうして』

彼女の瞳は潤んでいる。
けれど、その涙が拒絶ではないと知っているから、繰り返す問い。

終わらない押し問答。

早く、諦めてしまえば良いのに。

『私たちは、いとこなんだもの』

ここが、アミルダなら良かったのに。

そんな埒が明かないことを考えて、ふうと息を吐く。

『いとこと言っても、僕らは4親等だ。法には触れない』

まるで駄々をこねる妹を言い聞かせるような彼を、彼女はキッと見つめた。
濡れた瞳は揺れている。
それを隠そうとする彼女の頬を撫でる。

『いいえ。6親等以上離れていない王族同士の婚姻は禁止されているわ』

王族と王族の結婚のみに適用されるそれは、血が濃くなるにつれ《取り込む》という体質が強くなっていったからだ。

召喚したものに憑け込まれ、壊された者はリルフィの時代から数知れず。
最近では、喚び出してもいないものが体質に引き寄せられるかのように現れ、襲われるなんて事態が起こるようになったのだ。

体質をコントロールすることは難しい。
改善策は血を薄めることだけ。

彼らのできる対策は、神器であるアレキサンドライトのペンダントを身に付けることだけだった。

けれど。

『4親等の結婚は少し前まではたくさんあった』

だからこそ血が濃くなり、薄めている最中なのだから、前例があるから許されることでもない。
それでも。

『考えてみろ、ティア。王族はもう僕たちしかいない』

だからと言って、禁忌を犯してまで、この二人が結婚しなければならないことは、ないのだけれど。

禁忌と知る以前から。
愛してしまったのだから、どうしようもない。

『たとえそうだとしても。兄様、私は子を産むつもりはありません』

彼女を知ってしまったのだから、やるせない。

『どうして』

彼女に聞かなくても答えを知っているなら、聞かなければいいのに。
そうしたら、彼女を泣かせることもないのに。

誘導尋問のように、本心をさらけ出してしまえたらいい。
そんな風に思うのは、残酷だろうか。

『だって、生まれても苦しむことが分かっているのに』

アミルダでの恋は苦しかった。
きっと、生まれた子供も苦しむことになっただろう。
それを思えば、今ここがアミルダでないのは僥倖かもしれない。

そんなことを言えば、きっと彼女は怒るだろうけれど。

『私たちが捕虜でいる限り、私たちの子に自由はない。守りたくても守れないわ。
アミルダは滅んだのよ。もう、リルフィの血は必要ない』

リルフィの血は諸刃の剣だ。
そう言って泣いた彼女は記憶に新しい。

『ティア』

涙を零す彼女を胸に抱いて、その髪を優しく梳く。
いつも、そうしていたように。

そして、言い聞かせるようにもう一度名を呼んだ。

『ティア。民がいる限り、国は滅びない。そして、王はそれに応えなければならない。
僕らは捕虜だから、いつ死ぬかもわからない。今、僕らにできることは国を滅ぼす気がないということを、民に伝えることだ』

胸に顔を埋め、甘えるその頬を両手で挟み、顔を上げさせる。

『ティア。難しく考えなくても良いよ。国では僕を好きだと言ってくれたじゃないか。
僕が守る。君も、君の子も。僕に守らせて』

アミルダの城で彼女が想いを伝えてくれてから、彼女を支え守るのは彼の役目だ。
悪いけれど、彼女の気持ちが変わらない限り、誰にも譲ってやる気などない。

『愛しているよ、ティア。君を、愛してる』

甘い囁きは毒のように彼女の思考を鈍らせる。

『トゥイン……』

温かい手が両頬を挟み、涙の跡を唇がなぞるのを感じて、ティアはそっと瞼を閉じた。
最後の一滴が目尻から零れ、ペンダントに当たって弾けた。