闇夜に笑まひの風花を

「13年前、ここにいたのがお前なら、一宮と組んで那乃を殺しアンジェに禁術を使わせることもできたな」

それがお前の目論見だったのだろう?
王子は肘掛けに肘を乗せ、頬杖をついた。

「でも、何故一宮が?」

それまでじっと話を聞いていただけだった遥がぽつりと呟く。

「一宮はアンジェが邪魔だった。そしてお前もアンジェを殺したかった。
より正確に言えば、アンジェに禁術を使わせたかった。そしてその対価で死んでしまえばいいと思っていた。違うか?」

ヒェンリーは答えない。
口を噤み、ひたすらに裕を睨んでいる。

「では、那乃様は何故殺されたのです?」

結香の疑問に答えたのは、リィンだった。

「ヒェンリーの望む禁術は蘇生。ヒェンリーは禁術を犯そうとして、できなかったの。だから、姫様に術を使わせて乗っ取るつもりだったのか。
もしくは、蘇生が叶わなかったときの保険__始祖の召喚。王族が一つ名を呼べば、始祖は召喚される。血の成せる技でしょうか。私たちでは、一生かけても敵わない」

「那乃はそのための餌だったと言うか」

押し殺した声。
強く握りすぎて震える拳。
怒りに燃える赤銅の瞳。

そんな、ことの、ために。

怒りに似たやるせなさ。
地団駄を踏みたくなるこの感情。
遥は力いっぱい叫んだ。

「一宮に取り入り、城だけでなく屋敷においても術で少しずつ命を削り、アンジェに術を犯させる、そのためだけに殺したと!ふざけんなよ!」

寂しい微笑を知っている。
大人びた笑顔。
アンジェを羨む表情。
思い通りにならない身体を恨む葛藤。

知っていた。
傍で共に育ったのだから。

だからこそ、許せない。

「ふざけてなどおりません。私はいつも本気です」

ヒェンリーはそう嘯く。
油を注がれた火はますます勢いを増す。

「なら、兇手がアンジェを襲った、あのときのことは!」

「あれは一宮が怒りと恨みに任せて放った者。捕らえて屋敷に連れて来られ、私に投げられるのは目に見えていた。
正気の彼女に顔を見られ疑われるのは避けたかった。だから、」

「だから、奴らに媚薬まがいの術を掛けたというのか!」

あくまで淡々と述べるヒェンリーに、遥は怒りを募らせる。

どんな、思いで、アンジェが。

怒りが強すぎて涙が出そうだ。

「遥様、どうか落ち着かれませ」

血管が切れそうな彼を心配して晃良は冷静に鎮めようとするが、ヒェンリーがにやりと笑った。

「男たちに輪姦され傀儡となれば手間が省けるというもの」

「貴様!よくも人間としてそんなことが!」

怒りで目の前が真っ赤に染まった。
その衝動のままに階段を駆け下りヒェンリーを殴ろうとした身体を、晃良に止められる。

遥、と冷静な声が名を呼んだ。
その裕の声に、彼は無理やり怒りを抑え込もうとした。

「正気の沙汰とは思えぬ」

ヒェンリーは嗤った。

「確かに、狂ってるのかもしれませんねぇ。でも、狂ってもなお、あいつらへの憎悪は見失わなかった!」

『あいつら』__それが、アミルダの王族であることを、王子二人は知っていた。

「翡苑様、何故そんな、」

憎悪の心で術を操ってはならぬと教えてくれたのは、彼なのに。

「はっ。あいつらは私の友を殺した!」

身体を起こし、憎しみに染まった瞳で睨みつけ、ヒェンリーはそう吐き捨てた。

「だからって、いつまでもそんな妄執に囚われて。取り返しのつかないことを!」

リィンが厳しい声で叱咤する。
彼の行動が読めていたら、こんなことになる前に止められたのだろうか。

「琳、どういうことだ」

尋ねられ、リィンは涙を飲み込む。

「24年前のことです」

「アミルダが滅んだときのことか」

「はい。あの爆発で、チェイは死にました。ヒェンリーの親友であり、才能に溢れた娘でした。最年少で術団に入り、結果…。
ヒェンリーは彼女の後を追ってずっと努力していたんです。ヒェンは彼女を護りたかった。だから、死なせたことで深く傷つき、アミルダ王家を強く憎んだのでしょう。
…召喚術を弄って、闇の暴れ者を呼んでしまうほど」

「なんだと」

最後の台詞に目を剥いたのは、裕だけではない。

弄った、とはどういうことか。
間違えてしまっただけではないのか。

「先日の姫の描いた紋様は13年前のものと似ているようで、細かなところが違ったのです。それが、命取りでした」

それは、本当に些細なことで、例えば文字の色だとか、筆記体の繋げ方が異なるだけ。
だが、それだけでも文字は違うものになり、属性は真逆になる。

それは実に巧妙で、狡猾だった。
そこに満ちるのは限りなく悪意に違いない。

晃良は絶句した。自分の扱っているものの重さに。

「どうしてティアやトゥインはそれに気づかなかったのか?」

王たる彼らが、何故。
疑問は当然であった。
しかし。

リィンは静かに首を振る。

「いえ、気づけません。こんなところ。見たところで、術式を確かめたところで気づけるものじゃない。
姫がそれに気づいて、正しく構成してくださって本当に良かった。姫も失うのではないかと、私は不安で。夜も眠れなくて」

やはり堪えられず、リィンは涙を零した。
裕は脱力して背凭れに体重を預ける。

「結局、アンジェはリルフィに連れて行かれたけどな」

「それでいいのです。これで姫様も国に戻れる」

泣きながら笑う彼女。
裕は重い溜息をつき、遥は硬く拳を握り締めた。
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