闇夜に笑まひの風花を
*****

杏が家に帰ると、遥はもう帰っていてキッチンから顔を覗かせた。
あからさまにほっとした笑顔を見せられ、杏はぎこちない微笑を返す。

遥の態度は変わらない。
杏は、自分の帰りを待っていてくれた彼に喜びを抱くが、頭を振って自制する。

遥は私だから優しいわけじゃない。
私がよく誘拐されるようなお子ちゃまな幼馴染だから、心配してくれているだけ。

そう思い込まないと、心がバラバラになりそうだった。

遥に階下から呼ばれ、夕食を食べるために降りる。
今日のメニューはロールキャベツだった。
杏の好物だ。

ぎこちなさを振り切るように、遥が彼女に積極的に話しかけながら食事が進む。
食べ終わると、遥が切り出した。

「杏、練習しなくて良いのか?
舞踏会まであとひと月なんだろ、俺 最近舞ってないからちょっと不安で……稽古つけてくれないか?」

少し情けないような表情を浮かべる遥。
それを見て、杏はすぐに目を伏せた。

心に鉛が溜まっていく。
重くて、苦しい。

いつだって、ハルは私の力になろうと努力してくれていた。

「……ううん。もういいよ。
私、出ないことにしたから」

杏は彼の目が見れずに、テーブルを見つめる。
すぐ目の前に居ないと聞き取れないくらい、その声は小さかった。

「はあ?なんでっ」

まさかの答えに驚いた遥が、がたりと音を立てて椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

ここまで一生懸命になってくれる彼には申し訳ないが、本当のことは言えないから嘘を吐く。

テーブルに隠された膝の上で、拳を固く握った。

「ドレスが決まっているの。
ビスチェ型で、胸元が開いてるの。痣が隠せないわ。
遥も分かっているでしょう?痣を出して人前に出るわけにはいかないの。
……出れないよ」

目を硬く瞑った。
そうしなければ、涙が零れてしまいそうだった。

< 42 / 247 >

この作品をシェア

pagetop