闇夜に笑まひの風花を
それを確認して、遥は掛け声と共に腰を起こした。

「よし。
じゃあ気分転換に、俺の曲聞いてみねぇ?あのときの曲ができたんだよ」

瞳は優しい色。
唇にはわずかながら微笑が刻まれている。

もう甘えないと決心してもそれは簡単に揺らぎ、杏はぎこちない笑顔を浮かべる。

遥との、おそらく最後の約束。
舞うことはできそうにはなかったが、泣くことにはもう疲れて、自然と頷いていた。

「うん、聞いてみたい」

遥はその言葉に満足そうに頷くと、杏を誘って彼の部屋に上がる。

ベッドの前に二人が向かい合って座る。
この部屋には椅子や机は勉強用のものしかなく、床にはカーペットが敷いてあった。

遥はたいていの楽器を演奏できるが、彼が好んでよく用いるのは箏だ。
市販のものではなく、彼が手作りした膝に乗る程度のもの。
高音から低音までおよそ十本の弦が張ってあり、そこに柱を立てて音を作る。
楽に造形の深くない杏には構造はよく分からないが、指で弾くとそれは綺麗な音色を奏でる。

__遥が瞑目したのを、杏はじっと見つめる。
空気が一瞬でピンと張った。

曲が、流れ出す。

高音と低音の見事な調和。
淀みのない音色。
一瞬で世界を変える、音。

……ああ、遥だ。

彼の曲を聞けば、彼が昔と変わらないままだと分かる。
昔のまま__城の楽士を目指す彼のまま。

杏は自分が情けなくなった。

遥は自分の足でしっかりと立って、夢に向かって歩いているのに、
私は躓いて蹲ってばかり。

泣いたのも泣き言を零したのもいつだって杏で、彼の弱音なんて聞いたこともなかった。

杏は自分の甘さを痛感する。

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