闇夜に笑まひの風花を
杏は荒い呼吸を繰り返した。
吸う息から、霧散したエネルギーが体内に入ってくるようだった。
けれど、それでもいい。
これらを外に撒くよりはよっぽど良い。
告げるのは、杏の理性ではない。
__本能だった。
「……うっああ、いっつぅ__」
杏は胸元を押さえ、呻いた。
白い胸元の衣に、血が滲む。
遥はそれに気づくと慌てて彼女の手を胸元から引き剥がした。
「なんだよ、これ……。
おい、杏っ!」
血は、鎖骨の下からアンダーバストまで続く真紅の痣から滲んでいた。
明らかな異常事態に、遥は焦って立ち上がる。
「医者っ!
俺、医者呼んでくる!!」
このような痣があるのは、世界中を探してもおそらく杏一人だろう。
医師を呼んでも、彼らが為せることはおそらく皆無だ。
分かってはいたけれど、遥には他に手がなかった。
喪うことが怖い。
こんな初めての状況でわけが分からなくなっても、何もしないで彼女を喪うことが、恐ろしかった。
__しかし、その手を杏が止める。
「はる、か……」
「杏っ!早く__」
「いい。医者なんて、いらな……い」
杏は痛みに顔を歪ませ、息も絶え絶えに告げた。
遥は、両目から涙を零す。
「でもっ」
「ハル……舐めて。
痣、が痛いの……舐めて……」
遥の腕を掴む彼女の指は、震えていた。
ハル、と催促するように呼ぶ。
出て行ってほしくなかった。
独りになりたくなかった。
不安なのは杏も同じだ。
痛くて、怖くて……初めての事態に戸惑っている。
涙に濡れた目で見上げられ、遥も唇を噛んで決心する。
「……分かった。
それで、楽になるなら」
もし明日も痛んだり流血したりするときは、医師に見てもらおう。
そう決めて、遥は杏をベッドに運んだ。