闇夜に笑まひの風花を
「落ち着いてください。手荒なことはいたしません。
ただ城まで同行し、陛下とお話するだけで良いのです」
「そんなこと信じられませんっ!! 離してくださいっ。
第一、どうして国王陛下が私なんかを!?」
「それをお話するためにも車にお乗りください」
ご同行願えますか、なんて言っておいて問答無用である。
「お断りしますっ!!
なに!? 新手の誘拐!?
証拠もなしに何が国王陛下よっ!信じさせたいのなら、証拠を出してみなさいよ!!」
杏は男たちを睨み、叫んだ。
その途端に手首を引っぱる手が離れ、勢い余って玄関の床に叩きつけられる。
「__っ!」
息が詰まった。
投げ出された身体を手で支え起こし、座り込んだまま掴まれた手首を摩る。
そこは赤くなってしまっていた。
ふと目の前に男が膝をつき、また手を出してきた。
けれどそこには、小さなバッヂが載せられていた。
「失礼をいたしました。
ご覧になれますか。王家の紋章です」
そこに細かく彫られているのは、剣と盾と薔薇。
剣は強さの象徴。
盾は慈悲深さの象徴。
薔薇は簡単には触れられない孤高の存在を表す。
それらが絡み合う紋こそが、王家の紋章。
そして、それを持てるのは王の忠臣のみと言われている。
「……ほんもの……」
ひどく小さく、杏は呟いた。
王家の紋章の偽造は大罪だ。
発見されれば、問答無用で極刑に処される。
それも関わった者の一族全てが、だ。
どこが慈悲深いのだろうかと思うが、法律で決まっていることだ。
どんな阿呆な誘拐犯でも、そこまでのリスクを負いたがる馬鹿はいない。
呆然と呟き、のろのろと顔を上げる杏の瞳を見つめて、男が口を開く。
「ご同行願えますね?」
こくりと杏は首肯した。
どんな用だろうと、国王陛下のお召しならば従う他ない。
「……ただし条件があります。私に触れないでください」
不要な恐怖を味わされたのだから当然だ。
杏は唇を引き結んで男を見る。
やがてその条件は飲み込まれ、杏は城へと連れられた。
祖母の家の玄関には、杏の鞄がポツリと残されていた。