闇夜に笑まひの風花を
止められない。
やめたら、泣き出してしまいそうだった。

「相手の女の人は知らない人だったけど、良かったね。もう、なんで何も言わないの?でも、うまくいってるみたいで良かった」

「おい、杏」

「私も応援するよ。だから、ね?舞踏会のことは気にしなくていいから。私のことは心配しないで?遥が幸せなら、私も__」

「杏っ」

遥の強い声に遮られ、同時に肩を掴まれて向き直させられる。

じっ、と赤銅色の瞳に見つめられ、耐えきれずに視線を外そうとすると、両頬を包まれて固定された。

「それ、本音?」

遥の視線が痛い。
心臓が音を立てる。
視界が滲む。

「あのさ、杏。誤解してるようだから言うけど、俺に彼女は居ない」

「でも、キス……」

遥は一瞬苦い顔をしたが、諦めたように苦笑する。

「うん、まあそれは事故みたいなもんで。俺の気持ちは一切入ってない。
ついでに言うと、その女も杏の知らない人じゃない」

遥にキスしながら、杏を見て笑んだ女。
それが彼女も知っている女だと知って、杏はぞくりとした。

「だ、だれっ」

「本人が杏に言ってないのに、俺の口からは言えないよ」

遥の表情は内心の複雑さを表すように歪む。
杏は涙を拭いて、伺うような視線を向けた。
彼は苦笑する。

「俺、ここんとこずっと踊っていなかったから、身体が鈍ってるって思って。
でも、杏にそんなかっこ悪いとこ見せらんねぇから、稽古つけてもらったんだ。その帰りだったんだよ」

杏は彼が自分のためにしてくれたことを疑っていたことに気づき、顔色をなくす。

「私、遥が嘘吐いてデートしてるって思って……ごめんなさい」
< 52 / 247 >

この作品をシェア

pagetop