闇夜に笑まひの風花を
杏は那乃に連れられて、庭の見える回廊に導かれた。
那乃の歩みは迷いがなく、この城のことをよく知っているようだった。

杏の家と同じくらいの大きな庭を一望できる一柱に身体を預け、那乃は杏に視線をやった。

「さて、何が聞きたいの?」

いつもの優しさの欠片もない、冷えた視線。
冷めた口調。
こうして話していることすら億劫というような。

「那乃、あなたの胸に薔薇が咲いてるのって……」

赤は王族の色。
それを一部でも身につけることを許されるのは、未来を約束された者のみ。

「ええ、そう。私は裕(ゆたか)様の婚約者なの。未来の王妃よ」

そう言って、那乃は微笑んだ。
欲望に囚われた笑み。
そこに高雅さなんて見当たらない。

気持ち悪い。

「いつから……?」

いつから、彼女はこんな人に成り下がったのだろう?

那乃は微笑む。
自らの高貴さを知らしめるように。

「そうねぇ。婚約が決まったのはずぅっと前よ。
ほら、一宮って大臣家じゃない?だから私が王子様に嫁ぐのは、生まれたときから決まってるのよね」

自らの努力でないにも関わらず得た地位を誇示して、下の者を見下す。
そんなものに、どれだけの誇りがあるのか。

「舞なんて学校に行かなくても習えるんだけど、私がわざわざ学校に行っていたのには理由があるのよ」

自らの欲望のために、あらん限りの財力を使って。
そんなものに、どれだけの価値があるのか。

杏は貴族が嫌いだ。
努力もしないで金にものを言わせて思い通りにする、そんな考えが嫌いだ。
精一杯努力して手に入れた些細な幸福を嗤い、その自尊心さえ踏みにじろうとする、そんな傲慢さが嫌いだった。

それでも那乃に心を許し、親友とまで呼べるほど信頼したのは、彼女が杏と平等に接してくれたから。
……だったのに。

那乃は腕を組んで顎を上げ、杏を見下ろす。
その瞳には、映しているものが人間であることさえ認識していないように見えた。

強欲と傲慢と狂気に塗れた色。
それを、杏は信じられないように見つめていた。

「あなたよ、坂井杏。
私はあなたと接触するために入学したの」

それは、杏を小馬鹿にする声色。
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