闇夜に笑まひの風花を
彼女の誇りを穢す一言。

「もちろん、庶民のあなたには用はないわ。でもね、一つだけ利用価値があったの」

利用価値だなんて、この人は庶民を何だと思っているのか。

杏の拳が震える。

所詮、那乃も貴族なのだ。
己の欲のために他人を利用し捨てる、そんな考えの一人だ。

「私は、あなたの後ろに居る人に会いたかったのよ」

それが、彼女曰く杏の価値。
杏自身を蔑ろにする、見方。

身体を支配する震えが怒りか哀しみか、杏には判断できなかった。

「おばあちゃま?」

杏が愛称を口にしたとき、今まで余裕ぶっていた那乃から余裕が消えた。
表情が瞳が怒りに染まり、貴族の立場も優雅さも捨てて、怒鳴る。

「あの方はあなたが気軽に呼んでいい人じゃないわ!遥様も、あなたが呼び捨てで呼んでいいような人じゃないのよ!
この、庶民風情が!!」

感情のまま上に上がった那乃の手が、勢いよく振り下ろされる。
杏は咄嗟のことで動けなかった。

パアンッッ!!

小気味良い音が、回廊に反響する。

杏は冷たい床に叩きつけられた。
那乃は自分の掌に奔る痛みに顔を顰めた。
けれど、那乃の足元に転がった杏を見て自分の優位を再確認し、余裕を取り戻す。

那乃はゆったりと微笑んだ。

「杏、あなたの舞は素晴らしかったわ?
でも、あなたが舞姫になれる可能性なんて一%もないのよ!」

那乃にぶたれた頬を片手で押さえていた杏は、その一言に背後から鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

息が詰まる。
苦しい。
痛い。

強張った杏の表情を見て、那乃は嗤う。
心底可笑しそうに。

「うふふ、いいこと?
私の父様は大臣なの。国王陛下のご信頼も厚いわ。父様が一言口添えするだけで審査は一転する」

傍目にも素晴らしい舞を踊った杏。
那乃には分かっていた。
あの花姫たちの中でも、杏が飛び抜けていたことに。

だからこそ、父に言って彼女を貶める。

他人の欲望のために自らの夢を潰される、という底知れない悪意に、杏は戦慄する。

見開いた目は何も見ておらず、ただぽっかりと絶望が覗いていた。
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