闇夜に笑まひの風花を
「坂井杏。その名が本名でないことは知っているな?」

杏を育てたのは、彼女の祖母ではない。
おばあちゃま、と呼んではいるが彼女らに血の繋がりはない。
『坂井』というのは杏を育てた者の旧姓だ。
そして、名の『杏』は瞳の色から取ったらしい。

どうして彼女らに育てられていたのか。
どうして本名でないのか。
杏は知らない。

「お前の両親は、十数年前に死んでいる」

パチリ、と頭の中で音がした。
まるでパズルの、欠けたピースが嵌るような、そんな音。

「名は、ティア・クラ・アミルダと、トゥイン・エル・アミルダ」

「アミルダっ!?」

まさかの答えに、杏は驚愕した。
その声を聞いて、裕は薄ら笑う。

「さすがに知っているか」

アミルダ。
それは、今は無き亡国の名。
学校の授業でしか聞かないはずの名だ。

アミルダ国は、この国__悠国の隣国だった。
旅行者も商人も出入りができない完全なる鎖国状態を維持している国だった。
その中で、食糧も物品も全て自給自足を誇る国力の国だった。
しかし、アミルダ国は二十年以上前に突然滅んでいる。

たとえ亡国でも、その国名を姓に持つということは……。

「お前に流れている血は、その王族のものだ」

パチリ、とまた音が聞こえる。
杏は息を詰まらせ、裕を見つめる他なかった。

裕は笑う。
予想もしない答えに驚き、現実を受け入れられずに目を見開く杏に、意地の悪い微笑を向ける。

「何故 大罪を犯すのか、分かるだろう?
お前はこの国を脅かす存在だ。お前に人並の幸せもその血を後世に引き継ぐことも許す気はない」

杏は顔を強張らせて首を左右に振った。
彼から離れるように一歩後退る。

「アミルダの王族は全員処刑したと、教科書には書かれていました」

だから、彼女が王族のはずがない、と否定するが、裕はそれを鼻で嗤った。

「ふん。お前の祖父母は殺した。見せしめのためにな。
だが、お前の両親は殺すには惜しかったから、我らに忠誠を誓わせ、役に立ってもらった。
お前にも、同じ道を生きてもらう」

一歩、また一歩と裕はゆっくりと杏に近づいてくる。
口元を彩るのは、高圧な笑み。

「私に一生の忠誠を誓え。その力、我が国のために役立たせよ。
それが、お前の唯一の存在意義だ」
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