闇夜に笑まひの風花を
曲は、花姫らが一斉に踊ったときとは異なっていた。
打ち合わせなど皆無の杏はわずかに戸惑ったが表情には出さず、裕にリードされるままにステップを踏む。

二人の指が絡まり、裕が杏の腰を抱いた。
杏の左足がときどき痛んだが、彼女は微笑を保ちながら見事にフォローし、相手を務めた裕ですら気づかなかった。

二人で踊る舞の基本は、恋人のように、だ。
お互いを見つめ合い、瞳を甘くし、裕に身体を委ねて恋人を演じる。
口元に上るのは周囲に伝染するような幸せの笑み。

男性恐怖症の気がある杏は、遥以外にこうして触れられると鳥肌が立つのだが、不思議と今の裕は大丈夫だった。
手の感触や顔の面影がどこか遥と似ていたからだろうか。
杏はすっかり、裕に遥を重ねて踊っていた。

曲が佳境に入り、やがてクライマックスを迎える。
拍手が曲の終わりと被るように起こり、それは煩いほどに高まった。
人々は満足そうに微笑み、高揚を隠しきれない様子。

その拍手の中で、裕と杏は一歩距離を取り、互いに礼をし合った。
離れる寸前、裕の腕に力が篭り若干引き寄せられ、耳元に何かを囁かれた気がするのだが、それは拍手に呑まれ、杏は気のせいで片付けた。

ステージの端で所在ないように佇んでいる那乃が睨んでいるのを無視して、杏は遥のところに歩いて行った。

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