闇夜に笑まひの風花を
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杏が裕と大広間に入ってきたとき、遥は彼らを凝視した。

那乃と杏が出て行ってから時はかなり経ち、しかも那乃だけ帰ってきているという事態に違和感を感じ心配していたが、那乃は知らぬ存ぜぬを通した。
彼女の勝ち誇ったような笑みに気分を悪くしながらも、杏が擦れ違いで帰ってきたらと思うと下手に探しに出るわけにもいかない。
そんなジレンマを抱えている矢先の事だった。

杏が無事に帰ってきたことに安堵しながらも、杏と裕という組み合わせに苦虫を噛み潰した。
しかし、すぐに杏の違和感に気づき、顔を顰めた。

あの様子は足を痛めてる。

表情は微笑のままだし、うまく誤魔化しているからきっと遥以外は気づいていないだろうが、彼はずっと杏の相手を務めていたのだ。
彼女の些細な仕草でさえも見破れる。

あの状態で踊る気なのか。

捻挫がどの程度かは診てみないと分からないが、とりあえず止めようかと一瞬思った。
しかし、舞姫が王子と踊るという伝統があることを知っていた遥は、心を殺してじっと見守る。

片時も目を離さない彼の眼前で、裕が杏の腰を引き寄せたのを見る。
そして、更には幸せそうに微笑して、裕に身体を委ねている杏を目の当たりにし、どうしようもなく腹が立った。
遥は傍らで拳を固く握った。

演技だということは分かっている。
おばあちゃまに一緒に手解きを受けた仲だ。
彼女の口癖も、杏の心意気も理解しているつもりだ。
けれど、他の男に笑いかけるのを見るのは耐えられず、無性に腹立たしい。

分かっている。
杏は遥の恋人ではない。
いつか彼女が広い世界を知り、遥でない男に恋をする日が来ると、理解していたはずだった。
けれど、いつまでも遥に無邪気に笑い掛けてくれる彼女に安心していた。

分かっていなかった。
こんなにも杏を独り占めしたいと思っている自分を。
思っている以上に、深く彼女を愛している自分を。

嫉妬で目の前が真っ赤に染まるようだった。

大広間を轟かすような拍手さえ耳に入って来なかった。
杏が近づき彼に微笑むまで、遥は叫び出しそうな自分を必死に抑えていた。
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