闇夜に笑まひの風花を
「遥」
柔らかい鈴の音のような声。
数多の人が集まってざわつく中、杏の声だけは不思議なほど鮮明に遥に届いた。
作り物ではない微笑が遥に向けられ、それはどこかほっとしているようだった。
強張っていた糸が緩んだような、そんな感じで。
「ただいま。
……どうしたの?変な顔してる」
足はやはり痛めていたらしい。
無理に踊った所為で、裕と入ってきたときより動きがぎこちない。
それでも彼を気遣う杏が、愛しかった。
彼を心配して頬に伸ばした杏の手を取り、遥は彼女を引き寄せて顔を覗き込む。
「杏こそ、何を吹き込まれた?」
杏の親友だったにも関わらず、悪意を持って彼女を傷つけようと企んでいた女と二人きりにしたのだ。
正直、気が気でなかった。
そして、案の定杏は長い間戻って来ず、今、泣きそうな顔をしている。
きっと本人は自覚していないのだろう。
辛いことや苦しいことを抱えながら、それを表に出せないときの表情だ。
「出ようか。ここじゃ__」
とりあえずどこか二人きりになれるところに行って、少しでもリラックスさせてあげたかった。
けれど、気づいたときには先ほどの彼女の舞に心を奪われた人々が、少しでも杏と接点を持とうと、周囲を囲まれていた。
さっきの舞は素晴らしかったとか、
習った舞の先生は誰だとか、
自分はどういう身分だとか、
自分の息子は良い男だとか、
息子の嫁に来ないかとか、
むしろ自分の愛人にならないかとか、
金を払うからどうのとか、
……とにかく貴族のおっさんたちに気分の悪くなることを好き勝手言われて、それを聞かされていた。
杏は急な展開に戸惑い、遥の袖を掴んで身を縮めていた。
確かに、杏には卑下た男らに囲まれるのは恐怖以外の何物でもないだろう。
こいつらは、杏を誘拐した男たちと同じ目をしている。
彼女を庇いながら、何度も言葉を尽くして突破を試みるが、欲に眩んだ奴らは礼儀を忘れ、ひっきりなしに話し続ける。
最早誰が何を話しているかも分からない状態だ。
そして、あまつさえ男の一人が杏に触れようと手を伸ばしてきた。
「触るなっ!」
その汚い手を弾き、怒号で威嚇する。
けれど、そういう扱いをされると黙っていないのがお貴族様だ。
急に高圧的になり、顔を真っ赤にして名と身分を問われる。
明かして黙らせるのは簡単だった。
けれど、それすらもったいない。
柔らかい鈴の音のような声。
数多の人が集まってざわつく中、杏の声だけは不思議なほど鮮明に遥に届いた。
作り物ではない微笑が遥に向けられ、それはどこかほっとしているようだった。
強張っていた糸が緩んだような、そんな感じで。
「ただいま。
……どうしたの?変な顔してる」
足はやはり痛めていたらしい。
無理に踊った所為で、裕と入ってきたときより動きがぎこちない。
それでも彼を気遣う杏が、愛しかった。
彼を心配して頬に伸ばした杏の手を取り、遥は彼女を引き寄せて顔を覗き込む。
「杏こそ、何を吹き込まれた?」
杏の親友だったにも関わらず、悪意を持って彼女を傷つけようと企んでいた女と二人きりにしたのだ。
正直、気が気でなかった。
そして、案の定杏は長い間戻って来ず、今、泣きそうな顔をしている。
きっと本人は自覚していないのだろう。
辛いことや苦しいことを抱えながら、それを表に出せないときの表情だ。
「出ようか。ここじゃ__」
とりあえずどこか二人きりになれるところに行って、少しでもリラックスさせてあげたかった。
けれど、気づいたときには先ほどの彼女の舞に心を奪われた人々が、少しでも杏と接点を持とうと、周囲を囲まれていた。
さっきの舞は素晴らしかったとか、
習った舞の先生は誰だとか、
自分はどういう身分だとか、
自分の息子は良い男だとか、
息子の嫁に来ないかとか、
むしろ自分の愛人にならないかとか、
金を払うからどうのとか、
……とにかく貴族のおっさんたちに気分の悪くなることを好き勝手言われて、それを聞かされていた。
杏は急な展開に戸惑い、遥の袖を掴んで身を縮めていた。
確かに、杏には卑下た男らに囲まれるのは恐怖以外の何物でもないだろう。
こいつらは、杏を誘拐した男たちと同じ目をしている。
彼女を庇いながら、何度も言葉を尽くして突破を試みるが、欲に眩んだ奴らは礼儀を忘れ、ひっきりなしに話し続ける。
最早誰が何を話しているかも分からない状態だ。
そして、あまつさえ男の一人が杏に触れようと手を伸ばしてきた。
「触るなっ!」
その汚い手を弾き、怒号で威嚇する。
けれど、そういう扱いをされると黙っていないのがお貴族様だ。
急に高圧的になり、顔を真っ赤にして名と身分を問われる。
明かして黙らせるのは簡単だった。
けれど、それすらもったいない。