闇夜に笑まひの風花を
庶民の杏にとって王家の者に謁見するだけでも凄いことなのに、傍に寄れだなんて恐れ多いを通り越して恐縮だ。
おまけにあんな無表情で言われれば、怯えるのも当然だ。
質問したとき一瞬だけ見えた剣呑の色。
それが彼女をひどく不安にさせる。

扉の三歩ほど前に立っていた杏は、扉と王子の丁度真ん中まで足を進めた。
しかし、王子は変わらない体勢、変わらない表情、冷たい声色でもっとだと要求した。
杏はその声にびくりと肩を揺らし、更に一歩一歩踏みしめるように歩いた。
彼が動くまで、許すまで、彼女は王子に近づいていく。
彼との距離が十歩になっても、王子は反応を示さなかった。
杏は目をきつく瞑る。
近づくにつれ、王子の瞳の奥に秘められていた色が見えるようになって、怖かった。
それが何を現しているのかわからなかったから。

また一歩、足を踏み出す。

そして、彼との距離が手の届く範囲まで近づいたとき__突然、腕を引かれた。
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