闇夜に笑まひの風花を
遥は溜息を吐いて気を沈めた。

「お戯れがすぎますよ、五十嵐(いがらし)殿。
外で酔いを冷ましていらしたらどうです?侍女に水でも持って来させましょう」

遥が何者か気づかない男は、侮辱されたと思い込んで更に顔を赤くさせた。

まったく。
折角 杏の晴れ舞台なのに、なんてことをしてくれる。

どうしてくれようか、などと遥が怪しいことを考えていると、男たちの後ろから、聞き知った声が届いた。

「その辺になさいませ」

その声は不思議と響き、彼らを落ち着ける。
彼らの視線の先に居たのは、夜のような色の正装を着た、銀髪の男だった。

「陛下が気分を害されます。そういうことは、陛下が退室されてからにしていただけますか」

男は遥たちの方に歩み寄ってくる。
それに、貴族たちは面白いまでに素直に道を開けた。
彼らは夜のような色の服装が何を示すかを知っていて、彼を恐れる。

「お久しぶりです、遥様。お元気そうで何より」

彼が遥を敬称で呼ぶと、貴族たちが動揺する。

ちょうどいい。

遥は微笑んだ。

「ああ、助かったよ、翡苑」

彼が当たり前のように笑うと、翡苑は嘆息した。

「あなたはもっと波風立てずに事を収められないのですか」

それに、遥は苦笑を返した。

「良いんだよ。
それより、何用だ?ただ助けに来ただけではないだろう?」

「ええ。
聖華学園の教師の方が呼んでおられますよ。お連れいたします」

花姫たちのテーブルでこんな些細な揉め事があっても、広い部屋だから周囲は気づくことなく舞踏会を満喫している。
そのことに更に苦笑し、遥は杏の手を引いて翡苑について行った。

「ああ。皆様、どうぞこれからはお気をつけくださいね。
彼女は私の大切な人なんです」

貴族のおっさんたちが呆然と見送る中、ふと思い出したように振り返り、釘を刺すことも忘れずに。
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