闇夜に笑まひの風花を
遥は彼女の頬を掌で包む。
杏が彼の手に指を添えて、額を合わせた。

「そんな顔すんなよ」

「……うん」

彼女は、自分が泣きそうになっている自覚はあった。
けれど、彼の前では偽れない。

杏は目を閉じる。
触れ合っているところが温かい。

はる、ハル、ハル……。

心が彼を呼ぶ。
何度も、求める。

城に上がったら、きっと二度と会わせてはもらえない。
今日が、最後の夜だ。

舞姫になれたら、想いを伝えたいって思っていた。
けれど、もう……それを伝えることはできない。

「はる……」

思わず、涙が頬を伝った。

ぐっと身体が引き寄せられ、力強く抱き締められた。
杏は、彼の服に縋りつく。

遥の指が、髪を梳いてくれた。
何度も繰り返されるこの動作が、好きだった。

「__っ!」

涙が溢れて、遥の懐に顔を擦り付ける。
大好きな、彼の匂いがした。

「……はる……っ」

哀しい響きの声。
杏の様子に遥は心を乱す。
何故こんなにも、彼女は……。

「杏」

彼の声が、耳元で囁かれる。
甘くて低い、優しい声音。

嫉妬に煽られて、衝動が抑えられなくて、遥は想いを吐露する。

「好きだ__」

切ない響きに、杏は目を瞠る。
ぼろぼろと涙が零れた。

「杏、好きだよ。ずっと、大好きだった。
家族のように、兄妹のように大好きで、女の子として愛してる。杏が俺の生活から居なくなるなんて考えられないくらい……」

私も、同じだよ。
ハルが私の傍に居なくなるなんて、考えられない。
考えたくない。
そう伝えたいのに……。

心は、こんなにも泣き叫んでいるのに。

遥の告白を聞きながら、杏は嗚咽を零した。

胸が、張り裂けそう……。

好きよ、大好きよ、ハル。
心の中、あなたが居ないところを探す方が難しいくらい。
離れたくなくて、朝がずっと来なければ良いって思うくらい。
このままずっと、あなたの傍で暮らせれたら、と何度願ったことか。
この想いがあなたに届いたら、と幾度願ったことか。

男の人が苦手なのにあなただけは平気で。
殿下と踊ったときだって、ずっとあなたのことを考えていて。
あなたのことを考えると、どうしようもなくわがままになるくらい。
うまく言葉にできなくて、大好きって言葉じゃ足らなく感じられるくらい。

こんなにも、好きなのに……っ!

杏は彼の懐で、緩く首を振る。
そして、震える手で、彼を押した。

「杏……?」

涙が、止まらない。

「ハル……っ!」
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