闇夜に笑まひの風花を
「昨夜の舞は実に見事だった。
お前は我が母、泉に舞を習ったらしいな。良い筋だ。これからも存分に励むが良い」

王の言葉が耳を抜けていく。
杏の目は、王の横に立つ一人の青年で固まった。

「ああ、我が息子たちを紹介しよう。何か用があれば、この者たちに言うように。
昨夜、そなたと踊ったのが、兄の裕だ。
で、こちらが弟の__遥という」

__気づくべきだった。
裕が杏のドレスを作るときに、相手のも、と言っていたことに。
それなのにパートナーが誰かとは訊かれず、それなのに遥に合っている服だったことに。
採寸をしていないのに、彼にぴったりの衣装を作ったという、違和感に。

「此奴は式典などにはあまり出席したがらなくてな、昨夜の舞踏会にも参加しなかったのだ。あまり城にも寄り付かず、最近まで市街で庶民の真似事をしおって。
まったく、自由奔放で困ったものじゃ」

王は眉間に皺を寄せ、溜息を吐いた。
それを、裕が嗜める。
遥は、何も話さなかった。

「まあまあ父上、良いではないですか。今晩は久方ぶりに家族揃っての晩餐にいたしましょう」

「うむ。そうだな」

王は玉座を立ち、もう用は終わったとばかりに杏に背を向ける。

「そなたも早う城での生活に慣れ、精進するが良い。部屋は用意させてある。
遥、案内せよ」

「はい」

王とともに裕も玉座の間から出て行く。
そこに残ったのは、呆然としたままの杏と、彼女を見つめる遥だけだった。

「杏」

遥が階段を降りて彼女に近づくと、杏はびくりと肩を跳ね上げた。

「ぁ……、はる……?」

戸惑う彼女に、遥はどこか泣きそうに笑った。

彼が、杏の前に立つ。
遥は表情を引き締め、彼女を見下ろした。

「部屋に案内する。ついて来い」
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