闇夜に笑まひの風花を
……え?え?どういうこと?

頭が働かない。
状況が理解できない。

どうして遥がここに居るの?
王子?遥が?

__遥?
本当に?
今 目の前に居るのは、今まで一緒に暮らしてきた遥なの?

前を歩く彼の背中を見つめる。
彼はさっさと廊下を歩き、はぐれないのが精一杯だ。
手を引っ張ってくれるなんて、優しさはない。

ねえ、わかんないよ。
説明してよ。
どういうことなの?

「ここだ。荷物はもう運び入れてある。入れ」

言われるままに、杏は部屋に足を踏み入れる。
その後ろで、彼が護衛の人たちを人払いしていた。

ガチャリ、とドアが閉められる。
その音に杏はびくりとした。

杏に近づく彼に恐怖を抱く。

「……ぁ……」

無意識に数歩後退っていた。

怖い。

急に変わってしまった那乃を知っているから。
だから、もしかしたら……と思うと怖くて堪らない。

すると、彼はまた、泣きそうな微笑を浮かべた。

「杏。もう人は居ないから、いつもの俺だよ」

「……はる……?」

震える声で確認すると、遥は笑ってくれた。

「そうだよ。
ごめんな、杏。足痛かったろ?」

「ハルっ」

ああ、良かった。

咄嗟に浮かんだのは、安堵だった。
ガクリ、と膝が崩れて、杏は口元を両手で覆った。
泣きたくて、抱き着きたくて、心が叫ぶ。

良かった。
遥が変わってなくて。

遥が彼女の前まで来て、杏の腕を引いて立ち上がらせた。

「王子ってのも厄介でさ。この城の中じゃ大抵 人の目があるから、あんまり今まで通りってわけにはいかないかもしれない」

ごめんな、と謝られるが、杏は首を横に振った。
そして、彼を見上げる。

「ねえ、ハル。王子ってホントなの?
裕様のお母様は亡くなってるって聞いたよ。裕様の、ってことはハルのお母様でしょう?でも、ハルのご両親は健在だよね?」

「いや。俺の母上は十三年前に亡くなった。父上はさっき会った、国王だ。
杏が会ったことのある人たちは、もともと婆様の世話係だった人だよ」

見つめる、赤銅色の瞳。
王家の者にしか赦されない色。

……本当に、遥は王子だったんだ……。
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