トマトときゅうり


 胸の奥がまたつんとした。

 そんな私の様子には気がつかずに、青山さんは私の言葉を待っていたとばかりに早口で言った。

「じゃあさ、オレと付き合わない?」

 私の手を握っている青山さんの手は熱かった。

 冷え切って、誰もいない静かな会社のエレベーターホールで、そこだけが炎をまとっているみたいだった。

 私は掴まれた手をじっと見て、そのまま動けなかった。

「彼氏が今、いないんなら。オレ・・・瀬川さんが、好きだ」


 青山、さん。・・・でも、私―――――――

 呟きは言葉にはならない。ひたすら床を見詰めたままで動けずにいた。真っ直ぐに私を見ていた青山さんは、かなしばりにあったみたいに固まる私をぐいと引き寄せた。

「・・・っ・・・」

 ハッと息をのむ。

 青山さんのスーツとコートからは、外の冬の匂いがした。

 抱きしめられて、頭の中はパニックになってきた。

 酔いも一気に吹っ飛び、やっと正気に戻った私は青山さんの腕の中でジタバタする。

「・・・・あの、あのあのあの!青山さ―――――」

 やっと声が口から出た、と思ったら、私を抱きしめていた両手がするっと離れて、肩に回った。

 そして私が呆然としている間に。


 青山さんがキスをした。



< 119 / 231 >

この作品をシェア

pagetop