トマトときゅうり

 押し付けてくる唇はひんやりとしていて

 冷たいホールに座り込んでいる足は痺れてきていて

 両肩を掴む彼の手が痛くて


 キスをされているのに、私は赤面もせずにただ目を見開いていた。


 きゅうり。


 コップを上げて乾杯のしぐさをする、さっきのきゅうりが目に浮かんだ。



 やっと、手が動いた。

「・・・やっ・・・」

 両手で青山さんの胸を押して、顔を背けた。

「あっ・・・あたし、は・・・」

 必死で言葉をひねり出す。言え、言わないと。ちゃんと、言わないと。

「――――――・・・好きな、人が、いるんです・・・」

 私の乱れた呼吸だけが響くホールで、しばらく時が止まったようだった。

「・・・オレとは、無理かな?」

 青山さんが小さく言った。

「今は他のヤツが好きでも、付き合っていくうちにオレを好きになるかもしれない。そういう風には、思えない・・・?」

 ・・・いつか、きゅうりではなく、青山さんを・・・?

< 120 / 231 >

この作品をシェア

pagetop