トマトときゅうり


 きゅうりが指をネクタイに引っ掛けて音を立てて緩めた。そのシュルって音に、私の心は震える。
 
「・・・俺にしとけよ、千尋」

 あたしの足元に両手を置いて、近づいてくる。

 名前を呼ばれたことに驚く余裕もなかった。

「ちょっ・・・く、楠本さん、あの―――――――近いです!!」

 背中は既に壁についているから、もうこれ以上下がれない。

 きゅうりは綺麗な顔を更に近づけて、低い声で言った。

「・・・俺は暇じゃねーんだ。契約だって一発で貰う。返事は今すぐにしろよ、はい、か、いいえ、かどっちかだ。――――――俺のものになれ」

 ものって・・・ええっと・・・それは・・・。

 切れ長の黒い瞳が私を真っ直ぐに見ている。 

 嬉しいとか恥ずかしいとか他にも色んな感情が混じって、もう何が何だか判らない。体中を赤くして、あたしは固まっていた。

 だって、目の前にはあの綺麗な顔が。

 どんどん近づいてくるきゅうりの瞳を見ることが出来なくて、ついに瞼を閉じた。

 きゅうりの唇が重なる瞬間―――――――――――

「・・・・・はい・・」

 と小さく呟いた。






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