トマトときゅうり
「よう、トマト。ご機嫌斜めか?」
手に持っている資料で私の頭をぽんぽん叩く男一名。
念のために。
私の名前は勿論トマトなんかではなく、両親がくれた瀬川千尋という立派な名前がある。ちなみに、自分ではこの名前がとても気に入っている。
友達は私のことを、千尋、もしくはちーちゃんと呼ぶのだ。
ところが、身長185cmの高い場所から見下ろしてくるこの男は、私のことを子供達があまり好きでない真っ赤なお野菜の名前で呼ぶ。だからお返しにこちらがヤツにつけたあだ名は「きゅうり」。
この男が赤面症の私をからかって「トマト」と命名したのは私の出勤初日。自己紹介を終えて緊張でカラカラになった喉を潤そうと自販機にヨロヨロと向かっていて、曲がり角でぶつかったのがファーストコンタクト。
「うわあっ・・・す、すみません・・・」
慌てまくった私は目の前にある胸元すらよく見ずに、反射的に頭を下げた。
やたらとデカイ男にぶつかった、としか認識してなかった。
するとぶつかった相手は真っ赤になって謝罪する私の顎をいきなり掴んで上を向かせた。
その挙句、タイミング悪く荒れ荒れになっていた唇を見てこう言ったのだ。
「お前、潤い足りてないんじゃねえ?」
――――――――はい?
ハスキーな声が耳をくすぐる。顎を掴みあげられているから、相手の顔をつい凝視してしまった。
そこには、見たこともないような整った顔があった。
唇の端を面白そうにきゅっと上げて私を見下ろしている。