トマトときゅうり


 ヤツは、別に細長くもニキビ面でもない。

 学生時代はテニスで鍛えた(らしい)引き締まった身体、黒い短髪、切れ長の瞳、完璧な口元と鼻筋、長い手足、ハスキーな声。

 悔しいことにヤツはどこからどうみてもいい男である。

 いい男、と分類されると思う。

 いやむしろ、極上の美男子である(認めるのは非常に悔しいが)。

 仕事も出来る(らしい)。

 しかも独身(らしい)。

 私以外には優しい(らしい)。

 昔で言う3高を地でいく男、らしい。

 ってのは、食堂で話す派遣社員のお姉さま方の話を聞いたから。


 ただし、この男、S。


 心の中で彼をきゅうりと名づけたのは、口でも態度でも仕事ぶりでも敵わない男に対する、私の精一杯の反抗心なのだ。


「・・・・やめてください。頭、叩くの」

 声を振り絞る。でも表情は変えないこと。こいつの意地悪にいちいち反応するのが悔しいから。

「叩く~?人聞き悪いこと言うなよ。叩くってのはこんなんじゃねーぞ」

 笑いながらきゅうりが返す。


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