トマトときゅうり


 今日はやらなければならないことが溜まっている。5時上がりまでにやってしまうためには、昼ごはんの短縮の必要があった。

 席に戻るのと、来客のブザーが鳴るのとが同時だった。

 また引き返して来客スペースに行く。

 ここで、直接来店されたお客様の接客をしたり、営業とのつなぎをしたりするのも事務の仕事だ。

「お待たせしました」

 出て行くと、綺麗な女の人が立っていた。

 思わず見惚れてしまった。

 人形かと思った。大きな瞳、栗色のボブカット、白い肌とピンク色の唇。
20代くらいだろうか、あまり若いお客様の来店がないので、少し華やかな気分になって微笑みかける。

「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか」

 彼女はにっこり笑って言った。

「営業の楠本さん、いらっしゃいますか?」

 一瞬心臓がドキンとしたけれど、平静を装う。

「楠本ですね、確かめて参ります。失礼ですが、お名前をどうぞ」

「長谷寺といいます」

 あ、と思った。

 青山さんの、お客様の、あの長谷寺様の・・・そうか、お嬢さんだ。
帰国されたばかりの。

「少々お待ち下さい」


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