トマトときゅうり


 来客ブースを出て、事務所を覗く。

 きゅうりは・・・いない。姿は見えない。

 基本的に営業が事務所に居るのは契約を取りに行く前か、午前中、もしくは契約が取れて入力する時だけだ。

 だから事務席には各営業のケータイ番号の一覧の紙が置いてある。

 ため息をついて、それを手に取った。こればかりは、他の人にふるわけにもいかないしね・・・。楠本さんと話したくないんで電話お願いします、何て言った日には首だわ、首。

 一つ深呼吸して、きゅうりの携帯番号を押す。

 呼び出し音6回目できゅうりが出た。

『はい、楠本です』

 声が、耳の中に注ぎ込まれて震えた。

 背中がぞくりとして反り返る。

 ああ・・・この声が、聞きたかったんだな、私。

 思わず閉じてしまった両目を開けて、こっそりと深呼吸した。

「・・・お疲れ様です。瀬川です」

 一瞬、間があいた。

『・・・』

「あの、楠本さん?」

『・・・ああ、ごめん。どうした?』

 来客ブースの人影を確認しながら用件を告げる。


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